2025/3/3 『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』

映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』公式|2025年2月21日(金)公開

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アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門を受賞した、パレスチナ人とイスラエル人の共作映画。「この辺り一帯は軍用地になった」と言ってイスラエル軍がパレスチナ人が暮らす村(マサファー・ヤッタ)を繰り返し破壊する様子を、何年にも渡って記録している。ブルドーザーやショベルカーを使って、人の家をまるでおもちゃみたいにバキバキと壊していく映像は衝撃的だった。そして破壊が「繰り返される」のは、先祖代々何百年も暮らしてきたこの村を離れたくなくて、村人は壊されても壊されても家を建て直すから。それに怒ったイスラエル軍は、大工道具を取り上げる。抵抗しようとした青年は銃で撃たれて下半身不随になり、その後亡くなった。亡くなるまでは不衛生な洞穴で暮らさざるを得なかった。清潔な家があれば死なずに済んだのに、と母親は泣いていた。ガザ地区以外の地域でも、こうしてパレスチナ人は暴力や理不尽で人権を踏みにじられている。

この映画はアカデミー賞を受賞したけど、アメリカ国内では配給会社が決まらず、自主上映だけに留まっているらしい。伊藤詩織さんの映画も日本国内では見る手段がないから、似たものを感じた。映画を作った二人は活動家とジャーナリストで、とにかく多くの人にこの村で起きていることを知って欲しいと願っている。SNSに記事や動画を投稿する様子が何度も映され、閲覧数をとても気にしていた。「2,365人に届いた」と喜んでいる時もあった。でも、それでは足りない。もっと多くの人にこの現実を届けたい。それしか破壊行為を止める手段はない。カメラを回し続けて、彼らはこの映画を作った。それがアカデミー賞を獲った。これ以上のことってない。「アカデミー賞を獲っても現実は何も変わらなかった」と彼らに思って欲しくない。命がけでカメラを回し続けたことに、意味があって欲しい。

村の家や学校、井戸、水道管、全てを「違法だ」と言って破壊するイスラエル軍を止めることはできなかった。どんなに抵抗しても、子どもが泣き叫んでも武装した軍人とブルドーザーには敵わない。でも、イギリスのトニー・ブレア(当時は首相だったのだろうか?)が村を視察に訪れると、たった7分間の滞在だったのに、視察された家と学校は破壊の対象外とされることになった。「力関係がものをいう世界」だと言う。映画の最初の方、村の破壊が始まって間もない頃に「アメリカがイスラエルに圧力をかければすぐにやめるさ」とも言っていた。以前、ガザのドキュメンタリー映画を見たときに「お近くの国会議員に、イスラエルとハマスに停戦を求めるよう働きかけてください」というメッセージが最後に流れた。「あれってこういうことだったのか」とやっと理解した。たった7分の視察であんなに変わるなら、石破総理は一泊してくればいいのでは? そう簡単な話じゃないってわかってるけど、でも、そういうことでしょう。異国だから何もできないのではなく、全くの逆だった。

ヨルダン川西岸で暮らすパレスチナ人は、厳しい移動制限をかけられていて西岸から出ることができない。この映画を見て、「私には安全な家があり、どこにでも行ける自由があり、恵まれている」と思いそうになった。それを違う違うって思いなおした。私は恵まれているのではなく、これが「当たり前のこと」だ。その「当たり前」を奪われているのがおかしい。「私たちもあなたたちと同じように生きたい」という言葉は、スクリーン越しに直接降りかかった。

私は石破総理に直接電話できないし、「ちょっと、ヨルダン川西岸に行って一泊してきてよ」と頼める間柄ではない。帰りの電車でオンライン署名に署名して、映画の感想をSNSに流した。マサファー・ヤッタ村は昨日も襲撃に遭ったらしく、イーロン・マスクのSNSを通じてその状況を知るのが、なんとも苦く感じる。