イスラエル大使館前で行われた、「ガザのこどもたちを守れ」というデモに参加した。
デモに参加した理由
① たまたまその時間帯に暇だった。
② ガザへ向かうグレタさんの船団に参加している日本人女性の記事を読んで心を揺さぶられた。
グレタさんの船団に日本人女性 「市民の力でガザに食料を」:東京新聞デジタル
③ アメリカでは反イスラエルのデモに参加した学生が捕まったり強制送還されているけど、日本ではまだ安全にデモができると思った。
④ スタンディングに参加したことのある知人から話を聞いていた。
など、などなど。デモの主催が「アムネスティ・インターナショナル」と「セーブ・ザ・チルドレン」という知っている団体だったことも大きい。参加登録をすると、ガザにいるこどもが一人割り当てられるというシステムだった。「あなたはこの子のために声をあげてください」という仕掛け。私の担当は7歳のムハンマドだった。そのまま印刷してプラカードにできるデータも配付された。コンビニでA3サイズに印刷して持って行った。


デモのイメージって、怖いよね。どんな人が参加しているんだろうって思うし、囲まれたりもみくちゃにされたりするのかな。想像上の「デモ」にビビりながら指定された場所(麹町駅の、イスラエル大使館近くの交差点)に到着すると、開始10分前でそこそこ人がいた。大使館の目の前は大勢で行っちゃいけないらしい。(後から調べたら、以前トラブルになって逮捕者が出たようだ)集まった100人ぐらいは、大使館近くの歩道に並んだ。特に規制線を張られることもなく、間を通行人も通るような感じ。一応警視庁が警備に来ていて、主催者と話したり参加者の間を巡回したりしていた。勝手がよくわからないまま、とりあえず私も列に並んでプラカードを持った。開始時間が近づくにつれて後ろに人が伸びていく。後ろに並んだ人から「すみません、このデモはどうやって知りましたか?」と聞かれて少しだけ話した。私と同じく前日に偶然知ったらしく、情報をまとめているホームページとかがあれば知りたい様子だった。私もSNSでたまたま前日に見ただけなので、力にはなれなかった。ご夫婦で来ているようだったけど、私のようになんにも所属せず個人で来ている人が多いように見えた。中には熱心な人がいて、自作のうちわやステッカーを配ったりしている。主催者の人も、何も持ってきていない人のために貸し出し用のプラカードを配っていた。「手ぶらでも大丈夫」はこういうことか。私は自分で持つものを決めたかったので、割り当てられたこどもの名前と「知らなかったではすまされない」というプラカードを準備していた。もらったステッカーを追加して、メッセージ性が強くなった。
デモは14時から15時の予定だったけど、機材トラブルがあって少しスタートが遅れた。今回のデモは練り歩くようなものではなく、集まった場所からイスラエル大使館へ向けて「FREE FREE PALESTINE(パレスチナに自由を)」「STOP THE OCCUPATION(占領をやめろ)」などとシュプレヒコールを叫んだ。リズムに乗って、太鼓(鍋)を叩く人もいる。パレスチナの旗が何本も風に靡いている。シュプレヒコールを先導する人は何人かで交代していた。大学生ぐらいに見える女性もいた。麹町はオフィス街で、休日は人通りも車通りも少ない。このデモを目撃した人はきっととても少ない。向かいのコンビニ前からこっちを見ていた背広の人たちは記者に見えたけど、記事化されたものは一つも見なかった。(過去の記事を調べても、逮捕者が出たとかそういう時だけ大々的に記事になっていて、それ以外は見当たらない。)時間通り15時に終わって、次は16時から新宿ということでその場は解散になった。新宿の時間帯は別の用事があるので行かなかった。
報道されず、目撃者も少なく、大使館から少し離れた場所でやったデモに参加した意味はなんだったのだろう。主催した人や参加者にあれは無駄だったと言いたいわけではなく、単純に自分の気持ちの持ちようとして理由を探した。マイクを持って話した方の言葉に、その答えがあった。
「私たちは、現状を変えたいというだけではなく、自分たちを変えられたくないからデモをやっています。」
ガザで起きている虐殺を許せない。今すぐ止めて欲しい。そう願う自分たちの心が、時代の空気によって「変えられてしまう」のを防ぐためのデモでもあった。デモが他者に与える影響ばかり考えていた私にとって、それは新しい視点で、とても腑に落ちた。参加してよかった! 「やった意味あるのかな?」とはもう思わない。

今日、私をデモへ行かせたのはマンスールさんと映画『ノー・アザー・ランド』だ。
「ガザの苦しみ、忘れないでと願う」 マンスール通信員が残した言葉 [イスラエル・パレスチナ問題]:朝日新聞
映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』公式|2025年2月21日(金)公開
「パレスチナで起きていることを知って欲しい」と命がけで私たちにパレスチナの現状を届けてくれた。その思いに報いたかった。
誰にでもできることはある。「変えられてしまわないこと」を続ける。