2025/8/25

加藤シゲアキさんがライブでやっている「労働」コールが賛否を呼んでいるらしい。発端となった何かを見たわけではないけれど、タイムライン上でその気配を感じた。

「労働」コールの始まりは確か2023年のNEWS EXPOで、加藤さんのライブ終わりの挨拶の中で偶然生まれた。「ファンを笑わせたい」というサービス精神が根っこにあった。ザコシショウの眼鏡をかけて、胡散臭い指導者を装って「NEWSを応援すると幸せになれる」ので「グッズを買ったりライブに来て欲しい」と説いた。これは、完全にそういう「ごっこ遊び」の文脈だった。ただ、その続きにあった「そのために必要なものはなんですか? そう、お金です。労働!」「労働!」というコールアンドレスポンスがファンにウケすぎてしまったのかもしれない。2025年のツアーが始まって、「ごっこ遊び」の文脈が薄れた形で労働コールがお約束化してしまった。それも、やっぱり加藤さんのサービス精神だと思うし、「NEWSを励みに仕事をがんばっている」というファンは多いから、それを応援する意図だと思う。そもそも「ファンにして欲しいことはありますか?」と聞かれて「何もない。もっとラジオにメールを送ってくれれば嬉しい」としか言わない人だ。もっと働いてお金使えとか、思うわけがない。

それを踏まえた上で、私は一万人が「労働!」と叫ぶことは、誰かを押しつぶすプレッシャーにもなり得ると思っている。加藤さんと9,999人にそのつもりがなくっても、たとえ張本人が文脈や意図を理解していても。

私は、このブログで過去にも書いたけれど、とんでもない「結婚コンプレックス」を抱えている。今は以前よりか大分マシになったけれど、一番酷い時期は「結婚できない自分」を思い出させるもの全てに傷付いた。電車内のマッチングアプリの広告はもちろん、大谷翔平の結婚報道ですらきついものはきつい。そうやって限界だった時期に、とある新聞社のポッドキャスト番組にメールを出したら採用されて読まれた。自分が書いた内容は、「結婚せず子供を産まない自分はこの社会にとって都合の悪い存在だと思う」というもの。番組が配信されて二週間後、私のメールへ共感したというリスナーからのメールが読まれた。その人は育児のため、今は仕事をしていない。働いていない自分は生産性が無く、価値が無いように思えて辛いということが綴られていた。そのメールを読み上げながら、記者の方は声を震わせて泣いていた。自分と真逆な立場の人が、同じように「自分はこの社会にとっていらない存在だ」と感じていたことにとても驚いた。

あのメール主のように負い目を抱えた人が、労働コールの渦中にいたらどんな気持ちになるだろう。(会場に一万人もいるのだから、きっといるのだと思う) 「そういうつもりはない」とわかっていても、自分に向けてではないとわかっていても、一万人の声が自分の負い目を刺激したら……想像するだけでぞっとする。私なら「結婚!」と叫ぶ群衆の中にいるのと同じだし、人によっては「痩せる!」かもしれない。加藤さんにそのつもりが無いってわかっているからこそ、このコールはお約束化せずにあっさりやめた方がいいと思う。というか、こういったことが想像されれば絶対にやめる人だと思う。マジョリティが楽しければそれでよしとする人ではないと信頼している。


変わり種コールアンドレスポンスなんてやらずとも、最後の挨拶でファンを喜ばす方法はいくらでもあるから大丈夫だよ。音楽ツアーの「好きぃ~」(指ハート)とか、何回でも何百回でも欲しいからね。加藤さんが労働コールをやめたときに、もっともっと好き!♡になる準備はできている。