2024/5/26

映画『アリラン ラプソディ』

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映画『アリランラプソディ』公式サイト

神奈川県川崎市幸区に住む在日コリアン一世の「ハルモニ(おばあちゃん)」を撮影したドキュメンタリー映画を見た。私の祖父母は生前に川崎市幸区に住んでいたので、主な撮影場所となった幸区桜本は知らなくとも、なんとなく景色に親近感を持って見た。

川崎の祖父母の家に行くとき、車から見える多摩川沿いの掘っ立て小屋(言い方悪いけど、イメージ伝えるため)を父は「戦後に勝手に住んじゃったんだよ」とよく言った。その表現がどれぐらい正確なのか怪しかったので、いつも「ふーん」と聞き流していた。首都圏を直撃した大型台風で、まさにそうした家々が浸水してしまったとき、Twitterで批判的な言葉を見た。今、気になって調べたら「河川敷不法バラック 在日コリアン」と出た。映画の中でハルモニたちが話していた通り、戦後の川崎はそういう場所だったのだろう。働く場所、住む場所を失った人たちが「川崎なら仕事がある」と目指して、身を寄せ合って死に物狂いで生きた場所。

この映画を通じて知ったハルモニたちの人生は壮絶だった。自分が日本で日本人というマジョリティとして暮らしていることは特権なのだと思う。終戦後の朝鮮が、帰還した人たちが暮らしていけないほど酷い状況だったと知らなかった。誰だって安全な祖国で暮らしたいに決まっている。連れてきた罪、帰れなくさせた罪が重い。「今まで生きてきて良いことなんてひとっつも無かった」という言葉が耳に残っている。70歳を過ぎてからひらがなや漢字の読み書きを習っている姿を見て、鑑賞した人たちは何を思ったのだろう。この国で読み書きをできないこと、それによって失ったもの、得られなかったものがどれほどあるか想像もつかない。ワークショップを開催する方々の、「ハルモニたちが自分の人生を肯定できるよう、生きなおす」という活動理念に頭が下がる。ハルモニたちは、教わったひらがなで「せんそうはんたい」と大きな布に書いた。安保理法案に反対するデモを敢行した。やっと、「声を上げる」方法を得た。それまでずっと、知らない間に奪われていたことだ。

映画の冒頭は、川崎を歩くヘイトデモから始まっていた。ヘイトデモを取り囲む警察、その更に外側から「私たちは共に生きる」「ヘイトスピーチをやめろ」とプラカードを掲げてヘイトデモに反対する市民たち。映画の最後にもう一度同じヘイトデモの様子が映され、いてもたってもいられずデモの現場に駆け付けたハルモニの姿があった。ヘイトデモが、突然「在日コリアンへ向けたヘイト」ではなく「あのおばあちゃんたちに害をなす危険なもの」に見えた。だから、デモを取り囲んでいる人たちは必死にやめさせようとしているんだ。ヘイトデモが阻止されたことに安堵した。

帰る時、一番後ろの席に座っていた若い女性が「おばあちゃん映ってた」「そういえば家でああいうの(工作)作ってた〜」と懐かしそうに話していた。あなたのおばあちゃんでしたか!と思った。素敵だな。良い映画だった。