スピリチュアル整骨院で良い匂いのする水を買わされそうになった話

 

 

腰痛持ちの私には、腰を痛めた時に行く整骨院があった。

家から近く、「女性でもお気軽に」というコンセプトで女性の先生一人がやっている整骨院保険外診療だったので一回4,000円ぐらいかかるが、何より腕が良いので、一回、多くても二回行けば痛みはなくなり大体元通りになる。普通の保険診療の整体だと、費用は数百円でも一回の施術で劇的に良くなることはあまりない。なので「一発で治るなら」と腰を痛める度にその整骨院の世話になった。

例えば、会社で重い箱を持ち上げてぎっくりいったとき。スクワットの姿勢が間違ってて痛めたとき。なんのきっかけもなく、ただ日常の積み重ねで痛めたとき。全部この人が治してくれた。本当にそこは感謝している。

 

2020年夏、その整骨院の前を通りがかって驚いた。その場所が空き店舗になっていたのだ。これでは今後腰を痛めた時に困る。慌ててホームページを確認すると、ページは現存していた。そう遠くないところに移転したらしい。ほっとして説明を読み進めると、「営業形態と予約方法を変える」と書いてある。これまでは通りに面していた店舗だったが、今後はマンションの一室で行う「プライベートサロン」のようになるという。これまでの整骨院の通院客は今まで通りの価格と施術内容を継続する。が、「スピリチュアルなサロン」を併設する。

ふーん……。

普通の人はここでもうやめるかもしれないが、私はいつぎっくり来るかもわからない「硝子の腰」を抱えている。スピリチュアルサロンはあくまで「併設」で切り分けられているなら、私には「今まで通りの価格と施術内容」の方が重要だった。予約方法はLINEになったのですぐに登録した。数か月に一、二回とはいえ数年通っているので、名前を言えばすぐに向こうもわかってくれた。これでとりあえずは一安心だと思った。

 

それから数週間後、腰を痛めたので初めて移転後のサロンへ行った。LINEで教えてもらった場所はマンションの一室だったが、個人でやってるネイルサロン等も似たような感じなのでそんなに抵抗はなかった。気さくでよく喋る先生と雑談しながら施術してもらい、また来てね~と終わる。特にスピリチュアルな勧誘もなく、今まで通りだったので今後も続けて良さそうだとその日は思った。

 

 

それから数か月後の2021年夏、私はお尻を痛めた。なんでお尻を痛めるのかわからないが、感覚的にはぎっくり腰と同じだったので緊急の整骨院案件だった。歩くたびに響くので、通勤にも支障を来す。LINEで緊急であることを伝え、翌日の予約を取った。仕事帰りに、前回と同じマンションへ行った。

お尻の痛みを説明し、ベッドにうつぶせになって施術してもらいながら、おしゃべりな先生の話を聞く。以前とほんの少し違うのは、「美味しいランチのお店」の話の中で「出版社との打ち合わせ」が出て来るところ。そういえばこの一年で先生は本を出している。「アラフィフからでも輝ける私」みたいな自己啓発本のお知らせがLINEで来ていたのを見た覚えがある。まあそういうこともあるだろう…。適当に相槌を打って聞き流す。

 

施術が一通り終わってお尻の痛みがだいぶ軽減したことを確認した後、最後は立ち上がって体のバランスを見てもらう。これは腰を痛めたときも必ずやることで、どこかを痛めると人は無意識にその場所を庇って歩いたり動いたりする。例えば腰の右側を痛めればそこを庇って体の左側が酷使されたり、その逆もある。

先生が私の右肩、左肩をそれぞれ押してみて、バランスが悪ければ片側だけぐらつく。もしそれがあれば、ぐらつかないようになるまで施術するのが「いつもの」だった。

「右側がちょっとぐらぐらするね」

先生は棚から真っ白い霧吹きを取り出した。

 

シュッシュッシュッシュッ…‥

 

霧吹きで私の周りにシュッシュする。ファブリーズをイメージして欲しい。なんか良い匂いがする液体だったので、「この後の準備かな? いい匂いでリラックスみたいな」と思った。

 

「これで整ったよ」

 

ととのった…?

先生はまた私の肩を右、左と順番に押す。

「うん、整った」

 

そこから、先生の「水」のレクチャーが始まった。

今私に振りかけたのは「特別な水」で、私の周りの「気」の乱れを整えた。「気」が乱れていたから私の体のバランスは悪かった。

 

「気は人の周りだけじゃなくて空間とか場所にもあるからね。一部だけ『抜く』こともできるの」

 

先生は私の一歩前のフローリング床を指差す。

くるくるくる…パッ

指をくるくる回した後、あっち向いてほいみたいにあらぬ方向を指差す。その場所の「気を抜いた」からそこに立ってみるように言われる。一歩踏み出してその場に立ち、また右肩と左肩を押される。

「ぐらぐらするでしょ?」

いや、力の入れ方とか押す場所とか変えてるんじゃないか? そう思っても口に出せない。

水のレクチャーは続いた。外から悪い気を持ち込むから家に帰ったらまずこれでシュッシュした方がいいこと、お風呂の湯船もよくない気を取り込むから寝る前にベッドをシュッシュした方がいいこと。この水は特別な水だが、今使ったのは「スタンダードな」ものであること。その人の体に合わせたオーダーメイドができること。棚から小さな小瓶がずらっと並んだキットみたいなのを持ってくる。その人の体に「足りないもの」を先生が体に聞き、その結果を元に水に必要な成分を加える。(小瓶の中身がなんらかの成分らしい)

初回は容器(真っ白い霧吹き)込みでいくら。その後は詰替え方式でいくら。別に無理強いはしないけど、本当に良いものだからお知らせだけしておくね。「その水よりファブリーズの方が100倍マシだ」と思っていても口に出せない。そうなんですね~を繰り返し、とにかく早く帰りたい。

一通り話が終わったところで会計し、ポイントカード作成を勧められるが「また今度」と断って部屋を出る。「また来てね~」と先生が玄関まで見送り、金属のドアがガチャン…と閉まる。

 

シュッシュッシュッシュッ……

 

ドアの向こうから霧吹きの音。

もう二度とここに来ないと誓い、LINEをブロックした。私は行きつけの整骨院を失った。

 

 

 

 

***

 

 

 

この話を数人の友達に話したところ、「その水で儲けている元締めがいるに違いない」という指摘があった。言われてみればその通りだと思う。皆さん、何かシュッシュしたいならファブリーズにしましょう。除菌できるし良い匂いだし、おすすめですよ。

 

 

*おしまい*