ラッコの海水浴

なんか色々アイドルとか

モダンボーイズ

活動弁士の松井天声入場。

「本日も皆さま、賑々しくもご来場いただき誠にありがとうございます!座員一同になりかわり、本劇場主任責任者、松井天声!熱く御礼申し上げます!」

今日の演目は「実演演劇モダンボーイズ」の上演である。

舞台は昭和10年前後、85年前の花の都・東京で、月が啼いたかホトトギスモボ・モガ、カフェと自殺、共産主義が流行した時代にレビュー小屋で熱き青春を燃やした人々の物語である。モボ・モガが着物を脱ぎ捨て洋服に身を包みお洒落を楽しむ一方で、ぼさぼさ頭のマルクスボーイは社会の歪みに憤り、共産主義活動に身を捧げた。

『全ての人に自由と平等を!』

『額に汗して働く労働者にこそ幸福を!』

しかし弾圧は厳しくなる一方、一触即発の物騒な時代である。

そのような時代に一世を風靡したのは『あちゃらかレビュー』。あちゃらかとは「適当」を意味し、エログロナンセンスなんでもありだった。当初は鳴かず飛ばずだったが、ある日神風が吹く。「金曜日の夜は踊り子たちのズロース(下着)が落ちる」と噂が立ち、人気を博した。しかしそれは警察の怒りを買い、一層の取り締まりが強化された。何せレビューも検閲を通し許可を貰わないといけないようなお堅い時代である。「ズロースの丈は股下三寸以上」「踊り子は乳房を出してはならない」「腰を前後左右に振ることも禁止」などの馬鹿な法律も乱立した。それでも客は鈴なりでレビューへ通い、やがてエノケン二村定一らレビュースターを生んだ。

松井「そんな我らの前に現れたる可憐なる乙女。明日のレビュースタァを夢見る踊り子の卵にございます」

着物姿の若月夢子(吉田和枝)登場。

(ノック音)『ごめんください。私レビューガールになりたくて来ました。試験をしてください!』

芸人風の男二人(エゾケンとデッパ)が試験官の振りをし、

『歌と踊りの経験は?』

『ありません。でもレビューに憧れて来ました!』『ではラブシーンの試験だ。僕を愛しい恋人と思って抱きしめて』

『ええっ?!』

戸惑いながら従う夢子。

『ああ!愛しいお方!』

『もっともっと!気持ちを込めて!』

夢子はもう一度やり直す。

『お前たち!何をやってるんだ!』

エゾケン一座文芸部・レビュー作家の菊谷栄登場。間抜けな悪党たちは逃げていき、本当の試験の始まり始まり。

松井「はい、ここでピアノ!」

ピアノを求める松井。しかしピアノは流れない。松井が楽士を探しに行くと、酔っ払ったピアニスト・和田純が登場する。

松井「また本番中に飲んでやがったな?!ピアノ弾けピアノ!」

和田「へっ」

松井「酒くせえ!」

和田「クビだよ!来月からトーキーになるんだとよ。俺もお前もお払い箱だ」

松井「俺もかよ!?」

この時代、映画はサイレント(無声映画)だったが、トーキー(有声映画)の登場により、解説抜きで客は役者の声を耳にするようになった。

夢子自身が喋り始める。

夢子「レビュー作家の菊谷先生ですよね!大好きです!『リオ・リタ』、『最後の伝令』、全部見ました!」

レビューガールに憧れ、踊り子を志望する夢子。

菊谷「名前は?」

夢子「吉田和枝です。でもこの名前は嫌いです。もう芸名も決めてあります!

菊谷「待て待て、まだ合格と決まったわけじゃない。踊り子は我が演芸部長、佐藤先生がお決めになります!」

菊谷が佐藤を呼び込む。

佐藤登場。

佐藤「それでは試験を始めます。では脚を出して」

夢子「えっ?」

佐藤「脚だよ。着物の裾をまくって、脚を出して。ほら」

おずおずと着物の裾をめくり脚を見せる夢子。「もっと」と促され、大胆に脚を見せると、佐藤が感心して頷く。

佐藤「良いでしょう。明日から来てください」

合格し、喜ぶ夢子。

佐藤「まずは榎本座長に挨拶を」

夢子「エノケン!?」

佐藤「こらこら、今日から榎本先生とお呼びしなさい」

菊谷・佐藤・夢子が場を後にする。逆サイドにいた和田も酒を飲みながら立ち上がる。

和田「あばよ」

松井「どこへ行くんだ!?」

和田「知らねぇよ。インチキレビューでも見に行くか」 

自分の身の振り方も考えろ、と松井に言い残し和田退場。松井が後に続く。

舞台上のスクリーンに実際のレビューの写真が次々に映し出される。

ピンクの衣装を着たレビューガールズがカーテンの後ろから4人登場し踊り始める。途中から真ん中に夢子が入り、一緒に踊るが転んでしまう。客席から大きな笑い声。立ち上がり、手を挙げてにっこりと笑う夢子。4人よりも一歩前に出ている。4人は慌てて夢子に並び、手を繋いで拍手を乞いレビューを終える。踊りながら両サイドへ捌けていく。同時に緞帳が上がり、セットの全貌が明らかとなる。小道具ひしめく棚と舞台背景などの大道具、アップライトピアノが置いてあり、向かって右側には白い薄手のカーテン。中央には出入りするための金属製の扉がある。

 

先程の公演後の舞台裏。社会主義活動家の工藤とその後輩・矢萩奏(学生服・学生帽)がレビュー小屋を訪れている。物珍しそうに小道具の棚を眺める矢萩。 

兵吉「ここでお待ちくださいとのことです」

ちょうど公演を終えた和田と夢子が舞台裏に引き上げて来る。すれ違いざまに兵吉が「10分後から稽古です」と伝える。

和田「今終わったばっかじゃねぇか!」

兵吉「演出からダメが出てますので」

和田「お前のせいだ!へたくそ!」

夢子を詰る和田。兵吉が間に入る。

兵吉「夢子さんのとちりは今や名物ですよ。待ち望む贔屓の方もいるんですから」

和田「さすが浅草はお気楽だね。俺が弾くのは本番だけだ」

稽古へ向かおうとせず、隅で寝転がる和田。

夢子が頭を下げて和田へ頼み込む。

夢子「お願いします!」

和田「聞いただろ、てめえは失敗がウケてるんだ。毎日すっころんでろ」

夢子「今私の失敗がウケているのは必死にやっているからです。狙ってやったら終わりよ」

和田「誰の受け売りだ?エノケンなんて段取りはめちゃくちゃ台本も覚えない出鱈目の王様だろうが」

夢子「座長は天才ですから。菊谷先生も仰ってました。お願いします!私、上手くなりたいんです!いつか歌と踊りで拍手をもらいたい!」

和田「俺のレッスン料は高いぞ。ワンレッスンワンキッスだ。ドキドキタッチ!」

和田に腰を触られ、きゃっと悲鳴を上げる夢子。その拍子に持っていた蝶々の小道具を吹っ飛ばしてしまう。小道具を拾う矢萩。

夢子「このエロおやじ!」

和田の頬を平手打ちする夢子。怒り心頭で去っていく。和田は毛布をかぶり、「おやすみなさい」と隅の方で寝に入る。夢子にも和田にも蝶々を渡しそびれた矢萩。ひらひらと上下に動かして笑顔を見せ、工藤に話しかける。

矢萩「工藤さんはレビューを見たことあるんですか?」

工藤「一度だけな。あんなもの時間の無駄だ」

矢萩は蝶々を他の小道具と一緒に籠に挿す。兵吉に呼ばれた菊谷がやって来て、奥で掃除していたおタキを便所掃除へと遣る。人払いが済んだところで工藤に茶封筒を手渡す。中には30円入っている。工藤は菊谷が最近集会に出席しないことに不満を持っている。来月の大事な集会にも菊谷は出られそうにない。

工藤「俺たちを避けているのか?」

菊谷「そんなことないさ!」

菊谷は検閲のせいで台本の書き直しに忙しい。公演の10日前には警察に届け出、台本を検閲に通さなければならない。それを月に3本もやっていた。

菊谷「レビューをやるのに許可が要るなんておかしい時代だ」

工藤「この世はおかしいことだらけだ。労働者の幸福を訴えて何故逮捕される?戦わなければならない!そうだろう栄三!」 

答えない菊谷。

工藤「……矢萩奏だ」

矢萩を菊谷に紹介する工藤。矢萩は早稲田大学の3年生で、工藤・菊谷と同郷の「津軽衆」である。同郷の後輩に喜ぶ菊谷。急に津軽弁になる。

菊谷「津軽衆か!ひとつも訛ってねえが、隠れて東京弁練習したか?」

続け様に「津軽のどこか?」「部活は?」と尋ねる。青森市出身でコーラス部だったと答える矢萩。コーラス部ならば音楽が好きだろうと一層喜ぶ菊谷。

菊谷「最近は何を聴いてる?ジャズは好きか?」

矢萩「最近は……何も聴いてません」

工藤「こいつは太宰と一緒だ。実家はピアノまである大地主だ。その境遇を恥じている」

菊谷「ピアノまでか!幸福を恥じることでもないと思うが」

矢萩「母のピアノです。それに、資本家だけ幸せでも世界が飢えては不幸です。暢気に音楽などやっている場合じゃありません」

「プロレタリア万歳!」と拳を掲げて叫ぶ矢萩。部屋の隅で寝ていた和田が「うるせぇ!」と怒鳴りつける。

和田「警察に聞かれたらしょっぴかれるぞ!そんなことは築地のアカ劇団でやれ!」

工藤「なんだと!?」

工藤を止めに入る菊谷。工藤を諫めて、双方を紹介する。和田は音大出のエリートだ。

菊谷「そうだレビューを見ていかないか?」

工藤「断る」

菊谷「じゃあ矢萩くんだけでも」

踊り子のカナとヨシミが賑やかに入ってきて工藤へぶつかる。「誰?!」と驚き、工藤と矢萩を交互に見る。菊谷の客と知り、二人は矢萩に身を寄せて迫る。

カナ「あら〜♡下宿どこぉ?」

ヨシミ「豊満なお姉さんは欲しくなぁい?」

菊谷は二人に稽古へ行くよう促す。稽古場へ向かう途中でターンして、ステップを踏みながら矢萩に向けて投げキスをする二人。

カナ・ヨシミ「ラタタ・ん-まっ♪ ラタタ・ん-まっ♪」

笑いながら今度こそ稽古場へ向かうカナとヨシミ。

カナ・ヨシミ「「失礼しまぁ〜す♡」」

菊谷「ずっと失礼してるよ君たちは!」

二人がいなくなり、菊谷に怒りを露わにする工藤。

工藤「栄三!北国の農村は不作で、若い娘たちは女郎屋に売られている。工場では労働者たちが体を壊しながら働いている。こんなことが何の役に立つんだ?お前がやっていることは大衆の幻惑だ!どうせなら大衆を目覚めさせ、正しく導く芸術をやってくれ!」

菊谷「わかっている。でも一度まっさらな気持ちでレビューを見てくれ」

工藤「革命は命がけなんだ!!」

菊谷の胸ぐらを掴む工藤。

菊谷「僕だって半端な気持ちでレビューをやっていないよ」

工藤「悪いがあの乱痴気騒ぎは二度と見たくない。もう会うのはよそう。こんな主義者と付き合いがあっちゃまずいだろう」

菊谷「そんなことない、友達じゃないか」

工藤「俺は、お前を同志だと思っていたよ」

工藤「行くぞ」

先に小屋を後にする工藤。入れ替わりに夢子が駆け込んでくる。小道具の大事な蝶々を失くしてしまい探している。矢萩が蝶々を夢子に手渡す。

夢子「若月夢子と申します。新人ですが、どうぞお見知りおきを…」

矢萩「…あぁどうも。失敬」

帰ろうとする矢萩を菊谷が呼び止める。

菊谷「何かあったら迷わずここに来るんだ。困ったことがあったら僕を頼って欲しい。同じ津軽衆だ」

一礼し去る矢萩。

稽古に行くと夢子に声をかける菊谷。

夢子「一生懸命がんばります!よろしくお願いします!…って、もういないし」

 

乙女「待てこれ新米!!」

稽古場に行こうとする夢子を鋭く呼び止める鎌倉乙女。

舞台上で夢子が自分よりも前に出たことを怒っている。

三条綾子「フィナーレで姉さんの前に立とうなんて10年早いんだよ!」

「気付いたら一歩前に出ていました」と謝る夢子を「一歩?!あれは三歩だ!」と詰る乙女。

綾子「踊れないし、歌えないし!千年早いんだよ! 」

何が若月夢子だ、そんな名前は一万年呼ばれると思うな。タバコを吹かしながら

乙女「アンタ、肩」

松井「へい!」

乙女の肩を揉む松井。

松井「なぁ、いいじゃねえか。まだ新人なんだからよ」

乙女「アンタこいつの肩を持とうっていうのかい?」

松井「俺が持ってるのはお前の肩さ」

綾子「いいのよ弁ちゃん、これは新人教育なんだから」

乙女「愛のムチだよ」

乙女「おい、ちびたえんぴつ!」

夢子「あたしですか?」

乙女「お前だよ、ちくわの穴!」

夢子に「脚上げてみな」とステップをさせる乙女。夢子はステップを踏むが、途中で転んでしまう。笑いながら乙女と綾子は稽古場へ向かう。

転んだ夢子に手を貸す松井。先輩のいじめはしきたりのようなものだと言う。「何してんだい、のろまのこしひも!」と松井を呼ぶ乙女の声。

松井「誰だよ踊り子のヒモになれば楽に稼げるって言ったのは。これなら勤めに出た方がマシだ。ばかばかしい、辞めた!」

おタキに「俺は消えたと伝えてくれ」と託を頼み、小屋を去る松井。

夢子が舞台の中央に立つ。

夢子「私、負けませんから!いつかフィナーレでど真ん中に立ちます!」

夢子「エノケンは天才だが。君たちにも真似できることが一つある。

それはいかなることもバカ陽気であることだ。

その顔見てたらつられてみんな浮かれちゃう!

明るさこそが荒み切った世の中の薬だよ」

寝ていた和田が突然「はい!」と挙手をして起き上がる。夢子と目が合うと、「あ、もう飲めませんから」ともう一度毛布をかぶり、眠りなおす。

 

 

ふた月後

箱を抱えて嬉しそうに覗き込んでいるデッパ。後ろからデッパを驚かすエゾケン。

デッパ「わ!!なんだよ!驚かさないでよ!」

エゾケンが箱を覗き込んで笑う。

そこへ急ぎ足で入って来る佐藤。保安課に行ったきり菊谷が戻ってこないことに焦っていた。

佐藤「参った、このままでは初日が開かないぞ」

エゾケン「菊さんも書き直しで大変ですねぇ」

デッパが抱えた気が付く佐藤。なんだこれは?とデッパに尋ねる。

箱の中身を佐藤に見せるデッパ。

佐藤「うわあ!なんだこれは!」

デッパ「乱暴にしないで!10万ドルなんだ!」

佐藤「10万ドル?」

菊谷が船乗りから仕入れたという「踊る毛虫」の話をエゾケンが説明し始める。不入りで潰れかけたニューヨークの芝居小屋を「踊る毛虫」のショーが救ったという実話。その毛虫には、なんと10万ドルの値が付いた。デッパも踊る毛虫を探すため、たくさんの毛虫を採ってきた。

エゾケン「にしても集めたなぁ〜!」

 

菊谷「いや~参った。なんとかハンコをもぎ取ってきました」

菊谷が戻る。検閲の手によって真っ赤になった原稿を手にしている。

兵吉「山のように添削くらってますけどね」

佐藤「作家が魂削った原稿をなんだと思ってるんだ!」 

菊谷「まあまあ。中身なんか理解せずにうわべのストーリーにケチをつけてるだけです。いくらでも煙に巻きますよ!幕が開いたらこっちのもんだ」

佐藤「その粘り、頭が下がるな。戦わぬことが私たち大衆文化の戦いだ。しかし不愉快極まりないな!いつか土下座させてやる」
菊谷「あいつらに土下座されても。どうせなら狂わせましょうよ。検閲官も軍人もレビューの虜にして、ジャズで発狂させて!芝居と色気で骨抜きにしてやりましょう」

菊谷がデッパに気が付き、「早速毛虫か?」と声をかける。

菊谷「毛虫なら当局も手出しできないからな。ギャラもキャベツで済む」(歌舞伎風の言い回し)  

デッパ「エゾケン兄さん、歌ってくれ」

上手に踊れる毛虫を選抜するため、歌を聴かせたいデッパ。

エゾケン「おうおう……ってなんで俺が歌わなきゃいけねえんだ!おめえが自分で歌え!」

だって自分は毛虫を見なきゃいけないから、と断るデッパ。そんなの先生方にお頼みさればいい!とエゾケンは毛虫の箱を菊谷と佐藤の前に置く。

佐藤「では試験を始めます。えー、脚を出してください…ってこりゃ、足はいっぱい出てるな」

佐藤の冗談に笑う菊谷とエゾケン。デッパは「ふざけないでください!!!」と怒り出す。

デッパ「小屋の存亡がかかってるんだ!!」

菊谷・佐藤「「申し訳ない……」」

デッパ「いいですよ」

エゾケン「おい!」

仕切り直して、デッパは調子はずれの歌を歌い始める。

 

昔恋しい 銀座の柳

仇な年増を 誰が知ろ

 

デッパ「どうでしょう?」

菊谷・佐藤「「うーーーん……」」

毛虫は踊らない。

エゾケン「おめぇ心を込めて歌ってるか!?人を踊らせたいなら自分が踊るような気持ちでやらなきゃだめだ!毛虫が踊りたくなるように歌え!!」

デッパは見違えたように生き生きと歌い踊りはじめ、エゾケンがそこに加わる。

 

知らない間に生まれてて
知らない間に育ってて
知らない間に年とって
知らない間に死んじゃった
これは呆れた驚いた
何がなんだか判らない
これが浮世というものか
あなた任せの風来坊

 

拍手をして喜ぶ菊谷と佐藤。

デッパ「毛虫はどうでした!?」

菊谷「すまない!見惚れて見ていなかった」

佐藤「しかしどうしてこの人たちの面白さは舞台に出ないんだ?」

菊谷「佐藤先生、その話は向こうで…」

佐藤と場所を移す菊谷。エゾケンとデッパは舞台裏ではエノケン・ロッパより面白いと言われている。喜びそうになるデッパに「褒められてねぇ!」とエゾケン。

その場にピエロ姿の乙女と綾子が入って来る。

通りすがりの兵吉を乙女が咳払いで呼び止める。

兵吉「どうしたんですか?」

乙女「見てわからない?憮然としてるのよ!」

なぜ自分たちがこんな格好をしないといけないのか、と苛立っている乙女と綾子。

乙女「なんでこんな格好しなきゃならんのさ!ロシアンバレエの名家・鎌倉乙女が」

綾子「浅草オペラの勿忘草・三条綾子が~♪」

兵吉「今回は皆さん、道化師で~~す♪」

乙女「道化師ぃ!?」

兵吉「はい。お姫様以外」

美しい水色のドレス姿の夢子が入ってくる。劇団の文芸部は夢子を「清純派ほがらかガール」として売り出すことにした。

乙女「あたしだってほがらかじゃないか!ほがらからからからりるれろ~♪」

佐藤「騒がしいねえ。これじゃあ朝までかかるよ」

菊谷と佐藤が入って来る。

佐藤は夢子のドレス姿をイメージ通りで可愛らしいと褒める。

菊谷「大きなチャンスを頂いた喜びをそのまま板に乗せて、お客さまを楽しませてください」

夢子「はい!朗らかに、ぱーっといきます!」

菊谷「それに忘れちゃいけないよ、若月夢子はまだまだ未熟だ。良い芸人は、華やかな衣装と化粧の下で汗と涙を流しているものだ」

夢子「はい!」

乙女「さすが先生!聞いたかいラッキョの皮!」

菊谷「皆さんはエロと金にまみれた愚か者たちです。思いっきりマヌケにお願いします!」

兵吉「鼻水たらしたりしていいですからね。前歯欠けさせたりとか」

乙女「なんだと!?」

菊谷「いいねえ!ウケるね!」

乙女「じゃああたし、眉毛つなげちゃお~ 」

綾子「あたしなんて顔ぶつぶつさせよう~」

 

そこへ大きな花束を抱えたスーツ姿の松井がやって来る。就職した先の株屋の業績が良く、この大不況で一人勝ちだという。仕立ての良いスーツ姿に羽振りの良さが伺える。

乙女「なんだい、食べ物とかにしてくれりゃいいのに」

花束を受け取ろうとする乙女。

松井「お前にじゃないよ!このババァ!」

夢子に跪く松井。

松井「夢ちゃん、いつまでも清く明るくいてください。くれぐれも悪い男に捕まらないように」

夢子「はい!」

愚か者たちに5つ子ちゃんが生まれる場面の稽古へ向かう一同。佐藤、松井、エゾケンとデッパが残る。

松井「キクさん絶好調だな。」

エゾケン「エノケンの親父も褒めてました。打率が良いって」

松井「昔はレビューと言えば踊り子の脚を見るもんだったが、今はジャズが効いてて、東京って感じでいいね」

ニューヨークは大不況で、これからは東京の時代だという。松井はレビューを覗きに行くと言って場を後にする。エゾケンが松井の真似をして茶化していると、小屋の扉がドンドンと大きく叩かれる。

扉が開き、血まみれの矢萩が飛び込んでくる。白いシャツと黒いズボンは土埃で汚れ、ところどころ大きく破れている。立って歩くこともできず、エゾケンに抱えられる。

矢萩「菊谷さんを呼んでください」

動揺する一同。おタキが菊谷を呼びに行く。

エゾケン「血まみれじゃねぇか!」

佐藤「何事だ?!」

デッパ「あんたこれで顔を拭いなよ」

渡されたハンカチで頭を押さえる矢萩。

そこへやって来る和田。目を丸くし、矢萩を指差す。

和田「主義者だ!今夜上野で主義者の一斉検挙があったんだ!」

エゾケン「おたく共産党か?!」

「どうした!」と菊谷が飛び込んでくる。

集会に特高が来て衝突になった。工藤は最初に警察に抵抗し、囲まれて大けがを負った。頭から血を噴き出しているのを最後に見たが、どうなったかわからない。慟哭する矢萩。

警察が来た!と兵吉。矢萩は四つん這いのまま外へ出ようとする。止める菊谷。

菊谷「そうだ!このシャツを脱いだ方がいい」

エゾケン「衣装を着せちまうのはどうだ?!」

デッパ「ピエロの格好にしよう!」

匿おうとする一同に怒りを見せる和田。

和田「こんなもん匿うな!バレたら劇場封鎖だぞ?!好きでやってんだから放り出せ!」

デッパ「捕まったら拷問されるんだよ!?見捨てらんないよ!」

和田「じゃあなんだ、てめえらも拷問にかかりてえのか?脅しじゃねえぞ。問答無用で連れてかれるんだ」

 

矢萩「俺行きます。ご迷惑かけられません」

立ち上がって外に出ようとする矢萩。怪我のために崩れ落ちる。菊谷が矢萩の肩を掴む。

菊谷「命を粗末にせばまいね!」

おろおろと佐藤に答えを求める一同。

エゾケン「俺は構うね!これを見殺しにできるかよ!溺れる人間を見かけたらたとえ親の仇だろうと飛び込んでまず救うのが人の道ってもんだ!」

そうだそうだ!と皆が後に続く。

佐藤「楽屋で着替えさせてこい」

和田「おい!どうなっても知らんぞ!」

佐藤「私だって思想なんて知らんよ。でも警察には恨みがある。尻尾を振るなんてできない」

矢萩にピエロの格好をさせて劇団の新人として隠すことを決め、着替えさせに行く。

「菊谷はいないか」と特高警察が入ってくる。菊谷栄、本名は菊谷栄三。菊谷が名乗り出ると、刑事が工藤卓蔵との関係を尋ねる。工藤は瀕死の重体で、最悪死ぬかもしれないと笑う刑事。

工藤は中学の同窓に過ぎないと答えるが、警察は菊谷の資金援助を疑っている。菊谷の気前の良さ、金が要らないのは共産主義思想ではないか。佐藤と兵吉は「菊谷は気前がいいだけだ」「優しい菊谷さんに僕らがたかっているだけです」と菊谷を庇う。

ふと、デッパが箱を抱えている気づく刑事。中を見せろと迫る。

毛虫だとデッパが答えるが刑事は信じない。無理矢理に箱を取り上げる。蓋を開けて中身を覗く。

刑事「うわあ?!」

箱を落として毛虫が床に散らばる。踏まないで!と慌てて毛虫をかき集めるデッパと、一緒に毛虫を守ろうとする兵吉。 

そこへピエロ姿になった矢萩を連れて一同が戻ってくる。

刑事「おい、お前!」

エゾケン「はい!」

刑事「お前じゃない!お前だ」

刑事に名前を聞かれるが、答えられない矢萩。

刑事「名無しの権兵衛か?ん?」

後ろから矢萩の首に腕を回して顔を近付ける刑事。答えられない矢萩。

菊谷「浅草エフリィです」

菊谷「一座の新人で、浅草エフリィです!」

矢萩に助け舟を出す菊谷。続く和田。

和田「浅草!刑事さんはお前をお疑いだ。即興の裸踊りでも見せて大笑いしてもらえ」

和田が笑顔で刑事に駆け寄る。

和田「刑事さん、こいつは世界一低俗なインチキレビューの新人ですからね。思想の欠片もないところをお見せしますよ」

矢萩「……僕は……」

刑事「僕は?」

矢萩「僕は……」

和田「ああもう!ケツだけで踊るんだよ!出せよケツだ!それぐらいできんだろ!?」

動けない矢萩。エゾケンが一緒にケツを出そうとするが、静かにしろと刑事に怒鳴られる。耐えかねた菊谷が矢萩に駆け寄る。

菊谷「エフリィ歌え!」「故郷のかっちゃ泣かせばまいね。かっちゃのピアノさ思い出すべし」

ピアノの前に座り、矢萩を振り返る菊谷。

つかの間の沈黙。

うなだれる菊谷。

 

顔を歪めて、矢萩が歌い始める。

 

When whippoorwills call
And evening is nigh
I hurry to my Blue Heaven
Just I turn to the right
A little white light
Will lead you to my Blue Heaven

顔を上げる菊谷。じっと矢萩を見つめる和田。その場にいる全員が矢萩の歌に聴き入る。

嬉しそうにピアノを弾き始める菊谷。歌い続ける矢萩。

刑事が引き揚げるサインを出し、警察官を連れて小屋から出ていく。

菊谷と顔を見合わせて嬉しそうな佐藤。

毛虫の箱を抱えてうっとりと目を閉じるデッパ。

硬かった表情が徐々に笑顔になっていくエゾケン。

潤んだ眼でじっと見つめる夢子。

You see a smiling lace, a fireplace, a cozy room
A little nest that nestles where roses bloom
Just Molly and me
And baby makes three
We're happy in my Blue Heaven

 

歌い終えると矢萩は気を失って倒れた。

 

 

 

 

ピエロ姿のままの矢萩と、菊谷と佐藤が舞台裏に残っている。佐藤と菊谷は矢萩にしばらく劇団に留まるよう薦める。人を隠すのは人の中、ここが一番安全だ。

矢萩「でも…」

菊谷「君の気持ちもわかるが、まずは君が無事にいないといかん」

佐藤「そうだ。屋根裏部屋を使いなさい」

匿うのも危険が伴うと、菊谷は佐藤にお礼するように矢萩を促す。

佐藤「構わん、礼などいい。君たちの気持ちもわかる。誰かが権力に抗わないと、このままでは戦争に突入する」

佐藤へ向けて身を乗り出す矢萩。

矢萩「お言葉ですが、戦争はとっくに始まっています!支那は既に戦争状態です。農村の次男、三男は兵にとられて、こんな時も貧しいものが真っ先に殺されているんだ!」

菊谷「矢萩くん、まずはお礼だ。みんな危険を顧みずに君を助けたんだ」

佐藤「いいんだよ。みんな気持ちで動いている。気の良い奴らだ」

夢子が替えの包帯と薬を持ってくる。傷口を消毒した方が良いと、断ろうとした矢萩を押し切ってズボンを脱がせて手当てする。うつむきがちで、されるがままの矢萩。

ヨシミが包帯と薬を、カナがおにぎりを持ってやってくる。夢ちゃん、あたしも手伝うよ!と夢子を手伝うヨシミ。カナは矢萩におにぎりを見せるが、矢萩はそっぽを向く。少し残念がったカナは、笑顔でお茶を淹れに行く。

続いて平吉が薬と包帯とコロッケを。綾子が薬と包帯を、デッパが肉まんを持ってやって来る。どんどん賑やかになっていき、笑う佐藤。

乙女「学生さーん!無事かーい?!」

佐藤「はい乙女さん!いらっしゃーい!」

乙女「ああ良かったぁ!無事だよエゾちゃん!」

エゾケン「もう大丈夫だ!一人じゃないから……な……?」

乙女が薬箱を、エゾケンが酒と肴を持って駆け込んでくる。既に大勢いることに驚くエゾケン。

佐藤「薬局が開けるぞ、なぁキクちゃん」

乙女「こんな夜は一人きりじゃさぞ寂しいだろうってこの人が言うからさ」

エゾケン「ひとりぼっちじゃダメなんだよ。ありあわせの薄らバカでも、そばにいるのが身内なんだ」

酒瓶を矢萩に見せるエゾケン。

エゾケン「なぁ、あんた津軽もんならいける口だろ!今夜は飲もうぜ!この俺に思いの丈をぶちまけろ!」

綾子「あんたが聞いてわかんの?」

兵吉「明日には確実に忘れてます」

どっと笑いが起きる。

菊谷「みなさん ありがとうございます」

涙ぐみながら頭を下げる菊谷。

エゾケンは震災で親兄弟を失くした震災孤児だった。大工修行そっちのけでエノケンにつきまとい、「うちにこい」と言われてエノケン一座の一員となった。

エゾケン「あん時は泣けたなぁ〜…」

身の上を話しながら、思い出し泣きを始めるエゾケン。乙女が「あんたはよくがんばったよ」と慰める。

平吉「今夜はみんなでいましょう!みんなで!」

綾子「そうだ!せっかくなら鍋をしようよ」

兵吉と綾子の提案に湧き、大部屋に場を移すことにする一同。

夢子「立てますか?捕まってください」

夢子の腕を借りて立ち上がる矢萩。皆を見回した後、深々と頭を下げる。

エゾケン「じゃあ行こうや!」

夢子に肩を借りる矢萩。ぞろぞろと退場する一同。最後に残った菊谷は泣いている。

菊谷「佐藤さん!」

佐藤「飲もうぜ菊ちゃん」

 

全員がいなくなった後、ひとり小走りに戻って来たデッパ。忘れていた肉まんを取りに来た。そこへおタキがやって来る。「学生さんはご無事ですか?」とデッパに尋ね、無事と聞いて安堵する。矢萩のために芋をふかしてきたという。おタキを宴会に誘い、手を取るデッパ。手を振りほどくおタキ。

おタキ「あぁ、だめです!便所掃除の手ですよ。でもちゃんと綺麗に洗ってますから」

芋をデッパに渡す。引き返して去ろうとするが、何かを思い出し「そうだデッパ先生」と振り向く。先生と呼ばれたことに驚くデッパ。

デッパ「デッパでいいよ!『こんなに馬鹿じゃ駄菓子屋を継がせられねぇ。頼むからどっかで一人で生きてくれ』って親に拝んで頼まれて芸人になったのがあたいだよ?駄菓子屋も務まらないのに先生って!

…なんだね?」

ワイングラスを掲げるような仕草でおどけるデッパ。笑うおタキ。

おタキ「毛虫が踊っていました」

驚くデッパ。毛虫の箱を覗き込む。誰かが蓄音器で音楽を鳴らしている間、毛虫が一匹踊っていたのをおタキは目撃した。「この子です」とおタキが指差し、デッパが蓄音器で音楽を流す。二人で箱を覗き込むと、毛虫が一匹踊っている。飛び上がって喜ぶデッパ。

「踊ってる!やったー!見つけたー!!!」

蓄音機の音楽が流れたまま場面転換。暗い中でセットのポスターがピカピカと光っている。

砂漠に日が落ちて 夜となる頃

 

 

 

乙女「まだ見てないって本当かい?!」

兵吉を床に座らせ、怒っている乙女。共に夢子、綾子、ヨシミ、カナ。

乙女は、矢萩がまだ乙女たちのレビューを見に来ていないことに怒っていた。先日の宴席で約束してから十日、今日か今日かと毎日ドキドキしながらステージで踊っていたが、矢萩は未だに見に来ていない。

乙女「いつもより多めに回ってたりしてたんだよ?あたしの回転、返せーっ!」

綾子「返せーっ!」

矢萩は怪我は良くなったが、心の傷がまだ癒えていないと答える兵吉。

綾子「先輩は一命を取り留めたんでしょう?」

兵吉「ええ、でも……先生方はほっとけって……」

カナ「心の傷が癒えていないなら仕方ないよぉ」

ヨシミ「奏ちゃんかわいそー」

夢子が「言いたいことがあります!」と手を挙げる。

夢子「私は、乙女姉さんの言う通りだと思います!何も隅田川を泳いで渡れっていうわけじゃないんですよ?ただ客席に座るだけです。それに、心の傷があるなら尚更見るべきです!」

菊谷の言葉を借りる夢子。「レビューは薬だよ。世知辛い世の中を元気にする薬だ!」

乙女「そうよ!この鎌倉乙女のレビューを見ればどんなに辛くても元気になる!雨上がりの空にかかる虹が如く気が晴れるってもんだ」

夢子「そうですよ!死にかけみたいなおじいちゃんも毎日来てるじゃないですか。それで復活して帰るんです!」

乙女「ぐったりしてる爺さんもいるけどね」

「います、います」と小声で笑う平吉。

初めて良いことを言ったと夢子を褒める乙女。「夢子!奏をここに呼んできな!」と矢萩を呼びに行かせる。乙女が初めて夢子の名前を呼んだ!綾子も目を丸くし、夢子の背中をぽんと叩く。目配せして笑う二人。

矢萩を待つ間にタバコをふかす乙女。元々音楽をやっていた矢萩が何故主義者になったのかという話に及ぶ。青森では本格的に音楽をやっていて、表彰までされたと聞く。

カナ「学生は一度はアカにかぶれるのよ」

カナの元彼は主義者だった。踊り子なんて馬鹿なこと辞めろと言われ、そのたびに喧嘩を繰り返した。

カナ「もう、くたびれちゃった♡」

ヨシミ「カナの稼ぎで食ってたくせにね」

綾子「頭の良い人間はあたしたちのことなんか馬鹿にしてんのよ」

綾子は親に勘当されなければレビューで歌おうとも思わなかった。親の言いつけ通りに質屋に嫁いでいれば豪華な暮らしが出来ていただろう。

綾子「女は家の道具じゃないってのよ!」

ヨシミは幼いころに奉公に出されたが、それが嫌になって絵描きのモデルをしていた。モデルとは初耳だと驚く兵吉。色っぽく足を挙げてポーズを取ってみせるヨシミ。

ヨシミ「ヌードよ〜♡」

ヨシミ「だって…………。女が稼ぐには、身を売る以外に何があるのよ」

重い空気。それを払拭するように「今のフォルムは貧乏の反動よ」と四股を踏む真似をする。

兵吉「乙女さんは?」

乙女「そんなの、成り行きに決まってるじゃない。明治の終わりからバレリーナだったのよ」

乙女「流れ流れて吹き溜まりよ。珍しいよ、あの半チャーハンみたいなのは」

タバコを吹かす乙女。

皆訳あってレビュー小屋に身を寄せている。夢子のようにレビューに憧れてやってくる方が珍しい。

平吉「時代は確実に変わってますよ!レビューの踊り子は今や健全な少女たちの憧れる職業です。そうなるように僕たちも頑張っているんです!」

両手を広げて訴えかける兵吉。

そこへ浴衣姿の矢萩が夢子に連れられてくる。

乙女「まるで幽霊だね。顔洗ってきな!」

矢萩を洗面所に行かせる。具合が悪そうな矢萩をカナとヨシミは心配するが、夢子は部屋の前に空のどんぶりがあったことを報告する。

夢子「あの図体で食うもの食ってれば多少の荒療治も大丈夫です。ここは甘やかさず、攻め切りましょう!乙女姉さん!」

乙女「お、おぉ…」

顔を洗って戻ってきた矢萩は、乙女たちに会釈しそのまま部屋に引き上げようとする。

矢萩を呼び止める乙女。なぜ約束を果たさないのかと尋ねる。「えっ?」と聞き返す矢萩。先日の宴席での約束だと伝え、やっと合点がいく。

乙女「あんたが寝泊まりしてるその下で、毎日汗水垂らしてんだよこっちは」

矢萩「はい。…そのうちに」

納得いかない乙女らは矢萩を取り囲む。

乙女「そんなにあたしらに心惹かれないのかい?魅力を感じないっていうのかい?みんなー!あたしたち、心惹かれないんだって!」

「「「「えーーー?!」」」」

乙女「魅力を感じないんだってー!」

「「「「えーーーー?!」」」

矢萩「待って!待って!!!」

乙女「待て待て待て」

距離を取る乙女。

矢萩「今、色々と思うところあって」

夢子「そんなもの好きなだけ思えばいいじゃないですか」

「お客さんは皆色々なものを抱えています。でも見終わった時には忘れさせます!嫌なことは何もかも」

乙女「そうだよ!雨上がりの」

レビューガールズ「「「空にかかる〜!」」」 

綾子「虹が如く〜〜♪」

矢萩「兵吉さん!助けてください!」

兵吉「(笑)これはもう見るしかないですね。明日席を用意します」

夢子「見るよね?」

矢萩「…………はい」

乙女「声が小さい!」

矢萩「はい!見ます!!」

乙女「よくやったよ、生煮えそら豆」

夢子「夢子です!」

乙女「調子に乗るんじゃないよ!ずぶ濡れ納豆!」

くすくすと笑う夢子。矢萩の隣に立つ。

夢子「夢子のことも見てくださいね」

抜け駆けするなとヨシミたちが続き、矢萩を追い掛け回す。兵吉に助けを求めながら矢萩は逃げ回り、どたどたと賑やかに部屋へ続く階段を駆け上っていった。

 

 

場面転換。翌日のレビュー。エゾケンとデッパが舞台に立ち、客を笑わせている。裏側で兵吉、佐藤、菊谷が様子を見ている。兵吉に矢萩の様子を聞く佐藤。一幕では眉間に皺を寄せていた矢萩は、二幕では笑うようになり、三幕ではついにスウィングするようになった。「素養があるんじゃないか」と喜ぶ佐藤。矢萩の母親は音楽の先生だった。

佐藤「東北にも文化人がいるんだな。おっと、失礼…」

菊谷「構いませんよ。最果ての辺境だからこそ文化や芸術への憧れが強いんだ。僕もあらゆる最新のものにかぶれましたよ」

佐藤「かぶれて欲しいな」

兵吉「ええ。あの夜の歌声を忘れた人は誰一人いません」

佐藤「どうかな、先輩」

菊谷「自ら歌わない鳥を無理やり歌わせると、その鳥は死ぬんです」

急に騒がしくなる客席と舞台、何か物が割れる音、悲鳴。何事かと慌てる三人。怒り心頭の乙女が舞台裏に戻って来る。

乙女「乱闘が始まりましたー!和田純が客と殴り合ってまーす!」

客に野次を飛ばされ、怒った和田が客と乱闘になった。客にけが人も出ていて、今日は収拾がつかない。和田が酔っ払いに絡まれたのかと聞く佐藤に、酔っ払いは和田純の方だと返す乙女。和田はステージ上で酒を飲み、客に「真面目にやれ」と怒鳴られた。暴れる和田をエゾケンたちが無理やり舞台裏に連れ戻す。もう一度ぶん殴りに行くと言って聞かない和田を止めようと手を掴むと、うめき声を上げて崩れ落ちる。右手が紫色になっている。

乙女「和田純!あんたこれ、手だよ?!」

商売道具である手を負傷してしまった。急いで病院に連れて行かないといけない。デッパはおタキに人力車を呼んでくるように頼み、エゾケンが和田を抱えて出て行く。

怒り冷めやらぬ乙女。 「今日は特に良かったんだよ!お客もノッててさぁ!」和田はそれが気に食わなかったのかもしれない、と兵吉。「どんだけひねくれてんだよぉ!バチが当たったんだ!!」と綾子も怒る。やむを得ず、今日はこれで公演中止とする。デッパがステージに出てお客に謝罪する声が響く。

デッパ「誠に申し訳ありません!またのご来場をお待ち申し上げます~~!!」

 

公演終了後。左端の扉が開き、白シャツに黒いズボン姿の矢萩。周りに貼ってあるポスターを見上げ、スウィングし、時折何か口ずさむ。ふとピアノが目に入り、蓋を開けて椅子に座る。そこへ夢子がやって来る。

矢萩「あの、ピアニストの方大丈夫ですか?」

和田は骨折していた。代わりのピアニスト探しに劇団上層部は奔走している。稽古は中止し、いったん全員待機になっている。

夢子「なんとかするわよ、変更なんてしょっちゅうだから。検閲も厳しいし、誰かが突然いなくなることだってあるし。浅草は事故に強いのよ!それより、どうだった?あなたの感想が聞きたいの」

「わかってるわ!あたしは最低だった。大事なところで外しちゃうし、あ~~悔しい!ねえもう一度見られない!?」 

矢萩「あの…思ったんですけど、キーが合ってないんじゃないかなって」

夢子「え?」

矢萩「夢子さんに合うのはCだと思うんですけど、さっきはFで……あれじゃあ高すぎます」

夢子「確かに!道理でなんだか苦しかった!」

和田はわざと夢子に合わないキーで演奏していた。「あいつ~!」と悔しがる夢子。和田は音大でのエリートと言われていたが、実際は音大を中退していた。そのくせにレビューを馬鹿にしていると怒る夢子。

夢子「あなたすごいわ!代役だってできるんじゃない?」

矢萩「そんな、僕は素人ですよ」

夢子「あたしは恥ずかしい。こういうこと全然わかんないの。素人以下ね」

矢萩「僕はもう錆びついてます。鍵盤だって何年も触ってないし……」

ピアノと矢萩を交互に見る夢子。首を傾げて、矢萩にピアノを促す。

苦笑いでピアノの椅子に座る矢萩。

矢萩「さっきはこれ。で、夢子さんに合うのはこれ」

矢萩「♪りんごの木の下で…」

ピアノを弾きながら歌い始める矢萩。夢子が途中から入り、歌う。矢萩のピアノに合わせて歌う夢子。

 

林檎の木の下で
明日また逢いましょう
黄昏 赤い夕陽
西に沈む頃に

 

立ち上がって拍手する矢萩。抱き着く夢子。

夢子「すごいわ!絶対離さない!私の先生よ!」

あっと驚いた顔をした後、苦笑いで夢子を引き剥がす矢萩。ごめんなさい、と離れる夢子。

夢子「誰にも教えたくない。でも無理ね、こんな才能隠しておけないわよね」

矢萩の手を握る。

夢子「ねぇ、お願い。奏さん、あたしを見捨てないで。あたし絶対にスターになるから。わがまま言わないから。ずっと私を気にかけて。それだけ。ねっ、約束よ」

矢萩の小指を自分の小指と絡めさせる夢子。

菊谷「それだけ♡約束よ♡」

陰で見ていた菊谷が夢子の真似をしながら入って来る。慌てて距離を取る二人。

夢子「忘れ物を取りに…」

菊谷「絶対離さない♡」

夢子「どうなりましたか?」

菊谷「どうなりましたって、ん~♡抱き合ってました♡」

ごめんごめん、とからかったことを謝る菊谷。

代役のピアニストが見つかり、明日の公演の算段がついたためやって来た。明日の朝に稽古し、いつも通り幕を上げられる。

菊谷「ちょうどよかった、夢子にも用がある」

帰ろうとする夢子を引き止める菊谷。矢萩と向き合う。

菊谷「君に頼みがあるんだ。明日の公演で新しい場面を追加する。そのシーンで君に歌って欲しい」

矢萩「え?!本気で言ってるんですか?!」

菊谷「冗談で言うわけないだろう。これは僕からの本気のお願いだ。君に力を貸して欲しい」

「君もあの騒動を見ただろ?楽しみにして来てくれたお客さんをがっかりさせてしまった。平謝りの体たらくだ。それなのに、『明日も楽しみにしてるよ』『仕切り直してまた楽しませておくれ』なんて…涙が出るよ。その気持ちに応えたいんだ。ただ元通りに上演するだけではなく、新たなプレゼントを足して返したい。そのために、新しく二人のシーンを作る!そこで君に歌って欲しい」

矢萩「僕が、あの舞台で……」

菊谷「僕たちもプロだ。一度聞けば力はわかる。これは文芸部の総意だよ」

矢萩「でも僕は追われる身ですよ」

菊谷「ちょうど君はもう劇団の新人として警察の調べは通り抜けてる!舞台に立ってもなんら矛盾はない。

無理は承知だ。だからこう考えて欲しい。これは『一宿一飯の恩義』だ。君はこの劇場で寝泊まりして飯も食った!渡世の仁義さ。

共産主義にも仁義はあるだろう?働いて返せ!

これが楽譜だ」

菊谷から楽譜を渡され、目を落とす矢萩。

矢萩「…わかりました。僕に出来ることがあるなら。いつからですか?」

菊谷「明日からに決まってる」

矢萩「明日から!?無茶ですよ!経験ないのに!」

菊谷「なんもなんも、だいじょうぶだ~!先輩を信じて安心して飛び込め~!聞いたことあるはんで、イタリア歌劇のボッカチオだ〜!」

夢子の後ろに隠れ、津軽弁で戯ける菊谷。

矢萩「ふざけないでくださいよ!」

菊谷「ふざけてなんかなか~津軽弁はわんどの真心伝える言葉だ」

矢萩「んにしても無茶だべ!!」

楽譜を開いて必死に読もうとする矢萩。すっと真顔になる菊谷。

菊谷「君は音楽を取り戻すべきだ。

これは僕の個人的な願いだ。

君の中には宝物のような才能が眠っている。封印を解いて君の宝を輝かせるべきだ。それはけして革命に背くことじゃない。

君がこれから作り出そうとする世界に歌はないのか?踊りと笑いは?
今の社会を破壊して、そんな色褪せた世界を作るつもりなのか?」

菊谷がピアノをワンフレーズ弾く。

矢萩「…菊谷さん!曲の舞台、素晴らしかったです。見もしないで、人の噂や先入観で否定的だった自分を恥ずかしく思います。レビューに心奪われ、我を忘れました。夢子さんも美しくて可憐でした。」

菊谷「それは良かった」

嬉しそうな菊谷と夢子。

矢萩「菊谷さん。夢子さん。僕を救ってくださり、ありがとうございました。明日皆さんにもお礼を言います」

菊谷に頭を下げる矢萩。

菊谷はピアノの上に置いてあった花活けから薔薇を一輪取る。

菊谷「明日追加される場面で、夢ちゃんは銀座のガラスウィンドウのマネキンだ!」

薔薇を渡す。夢子がポーズをとる。

菊谷「窓拭きの青年がマネキンに一目惚れをする。想いが溢れて歌いだすと、やがてマネキンが踊りだす。」

夢子を見つめて歌い始める矢萩。 

恋はやさし野辺の花よ
夏の日のもとに朽ちぬ花よ
熱い思いを胸にこめて
疑いの霜を冬にもおかせぬ
わが心の ただひとりよ 

菊谷「間奏でマネキンが可憐に舞う!」 

手を取り合い、二人で踊る。 

胸にまことの露がなけりゃ

恋はすぐしぼむ花のさだめ
熱い思いを胸にこめて
疑いの霜を冬にもおかせぬ
わが心の ただひとりよ

 

二人の歌とダンスが終わり、拍手をしながら一座のみんなが入って来る。

菊谷「レディースアンドジェントルメン!!ニューフェイス!浅草エフリィ~!!」

「「「浅草エフリィ~!!」」」

デッパ「エフリィってどういう意味?」

綾子「芸名に意味なんてないわよ」

菊谷「津軽弁で見栄っ張りのええかっこしいを『えふりこぐ』言う。キザ野郎って意味だな!津軽の田舎もんが洒落男ぶって、ええふりこぐな!」

はやし立てられ、照れくさそうにする矢萩。真心を伝えるために津軽弁で話し始める。

矢萩「皆さん僕を助けてくださりありがとうございました。このご恩は一生忘れません!」深く頭を下げる矢萩。

続いてもうひとつビッグニュースがあると、エゾケンがデッパから毛虫の箱を奪い、高く掲げる。踊る毛虫が見つかった。何故知っているのかと驚き、取り返そうとするデッパ。「バレンチノは誰にも渡さない!」と箱をひったくる。

デッパを囲んで箱をのぞき込む一同。

佐藤「これは是非見たいなぁ」

エゾケン「いい加減にしろよ!さもないとこいつはひょうたん池の亀の餌だぞ!」

菊谷「キィヤアアアア!」

観念して毛虫を見せるデッパ。

エゾケンがハーモニカを吹き始めると、箱の中の毛虫が音に合わせて踊り始める。驚いた拍子に突き飛ばされた夢子を矢萩が受け止める。

驚き、笑い、一緒になって踊る一座。ピアノを弾く菊谷。端で静かに見つめあう矢萩と夢子。

「アラビヤの歌」の終わりに合わせてポーズを取って暗転。

 

第一幕・終

 

幕間 休憩20分

(芋虫のシルエットがが舞台の周りを移動している様子が映し出されている。)

 

第二幕

 

「バタフライドリーム」と大きく書かれたポスターがスクリーンに映し出される。東洋一の二大スタァ浅草エフリィと若月夢子 夢の共演。

幕が上がると、中央に正座して位牌を拝んでいるデッパ。入ってきた松井が驚き、その後ろで正座する。遅れてやって来たエゾケンが松井に驚いて足を止める。

エゾケン「何してんすか」

松井「誰亡くなったんだ?」

ちょっとちょっと、と松井を立たせてデッパに聞こえない位置へ移動させる。

エゾケン「…毛虫ですよ。正確には行方不明」

松井「なんだ毛虫かよ!」

デッパが飼っていた「踊る毛虫」のバレンチノはふと気づいたら箱から姿を消していた。

バレンチノ」と書かれた位牌を小屋の隅に片付けるデッパ。大丈夫かとエゾケンに聞かれ、微かな声で「大丈夫……」と答えるが、すぐに倒れてしまう。助け起こされるデッパ。

デッパ「どこに行っちゃったんだ!バレンチノ〜!!」

悲しい叫びを上げながら走り去る。

エゾケン「おい!本番中だから気をつけろよー!」

 

出前が二人やってくる。贔屓からエフリィ宛に花とウイスキーが、夢子とエフリィ宛に寿司が届いた。楽屋に上がるように伝える。

エゾケン「ご無沙汰ですね!株の調子はどうっすか」

松井の服装がみすぼらしいことに気が付いて語尾が小さくなるエゾケン。持ってきたトランクへ腰かける松井。

松井「大暴落でスッカラカンだ。昨日までは自殺も考えてた」

もう脱出するしかない。満州へ行く。満州は夢の大地だ。石油や石炭の豊富な支那の広大な土地をぶんどって植民地とすれば、この国も欧米に負けない大国になれる。

もう大陸では戦争が始まっているのに、と止めようとするエゾケン。松井の決意は揺らがない。

カーテンの向こうからレビューの音が聞こえ始め、耳を傾ける松井。

松井「浅草エフリィ、評判良さそうだな」

エゾケン「ええ!エノケンの親父も一瞬ロケから戻った時に『夢ちゃんとコンビでしっかり売り出せぇ〜!』って。すぐにまた飛んでっちゃいましたけど」

 

エノケン、菊谷と一緒に過ごした青春の日々についてエゾケンに語る松井。今やエノケンは国民的スターだが、あの頃は自分が奢っていた。行きつけのおでん屋の大将はケン坊の応援団で、菊谷とは会うなり意気投合していた。

共に安酒を喰らい、夢を語り明かした。菊谷は美大生で、小遣い稼ぎで舞台背景を描いたりしていた。あの頃、活動弁士といえば花形だった。

松井「飲んで歌って、青春だった。こうやって時代は変わっていくのかね…。」

かつて弁士だった頃、劇場で客へ挨拶した時のように両手を広げて礼をする松井。

松井「そして全て忘れられて」

もう行くよ、とカバンを持つ松井。みんなに会っていかないのか?とエゾケン。少し小屋の匂いを嗅ぎに来ただけだ、と松井はそのまま小屋を後にする。

 

 

レビューが終わって戻ってきたカナとヨシミ。ヨシミは馬のはりぼてを身につけていて、ウケたと上機嫌でいる。

矢萩「おつかれぃ!!」

シルクハットを被り黒の燕尾服を着た矢萩が軽やかに飛び込んでくる。

カナ・ヨシミ「「いぇ〜い!!」」

矢萩「ハウスは英語で?」

矢萩・カナ・ヨシミ「「「いぇ〜い!!」」」

カナ「ねぇ奏、きんつば食べに行こうよぉ」

矢萩「え?食べちゃうの?本当に?き・ん・つ・ばっ♡」

矢萩「じゃあ俺はパイを食べようかな。じょしぶどうが乗った大きなパイ、あま〜いパイ」

ヨシミ「何だよじょしぶどうって」

矢萩「ちょっと噛んだだけだよ。干しぶどうのこと♡」

ヨシミ「もう!余計エロいわ!!」

ふざけ合っていると、先程差し入れを持ってきた出前が降りてきてエフリィを見つける。持っていたブロマイドと本人を見比べ、「エフリィさん!サインお願いします!」「おかみさんがファンなんです!」とサインを頼む。

兵吉「困りますよ、こんなところまで」

矢萩「ノープロブレムだよ兵ちゃん。麗しい御婦人方によろしく。」

出前からブロマイドを受け取り、サインを入れて返す。

浅草「ご機嫌よう。今日もエフリィ、ええふりこいてまぁ〜す♡」(チャンカパーナのポーズ)

よしみ・かな「「こきこきでぇ〜す♡♡」」

 

夢子が舞台裏に戻ってくる。一瞥し「おつかれ」とだけ返す矢萩。夢子は贔屓に挨拶をしに呼ばれる。「じゃあハトヤ集合ね」とヨシミ、カナと約束する矢萩。ヨシミとカナは場を後にする。

残った兵吉と矢萩。矢萩はダンスの才能まであるなんてすごいと褒める兵吉。「今度タップやりましょう」と提案する。「タップなんて……」と躊躇ったあと、華麗なステップを見せる矢萩。驚く兵吉。「青森のねぶた舐めんじゃねぇ!」とねぶたのステップを踏んでみせる矢萩。兵吉は「今度会議で提案します!」と嬉しそうに去る。

 

全員がいなくなり、左手袋を口で外す矢萩。続いて右手も脱ぎ、帽子を脱いで深く息を吐く。

夢子が戻って来る。慌てて周囲を確認する二人。二人きりと分かると互いの手を取り合う。

夢子「どうしよう、お座敷呼ばれちゃった」

矢萩「俺も誘われちゃった。でも会いたい」

夢子「あたしも!」

矢萩「いつものところは?」

夢子「あそこはダメよ、こないだ姐さんたちが近くまで来たんだって。絶対バレちゃいけないんだから」

矢萩「だからそっけなくしてるだろ?」

夢子「あたしもなるべく目が合わないようにしてる。でも、ナデさんがみんなと仲良くしてると寂しくなる……」

ピアノの後ろからそろそろと顔を出す和田純。ニヤニヤしながら二人を見ている。

矢萩「わざとだよ!誤魔化すためだ。和枝…」

夢子「ナデさん……。やっぱり会いたい!」

矢萩「じゃあ少し離れて有楽町は?いつもの隠れ家バーで」

夢子「うん!ああ、早く夜にならないかなぁ…」

和田「お熱いね、お二人さん。公私ともに順調ってか」

 

慌てて距離を取る二人。

和田「今日はエフリィに良い話持ってきたんだよ。スタァとなっちゃ何かと要り用だろ?その格好で宴会で歌うだけで一曲二十円!」

矢萩「でも、先生の許可が…」

和田「芸人の小遣い稼ぎに報告なんざいらねぇよ!やるよな?」

矢萩「…わかりました。で、どこで何を歌うんです?」

和田「俺がこしらえた新曲だ!今のしのぎは作曲家なんだ。場所は上野精養軒、来週の日曜日だ」

矢萩「先生!これって……軍歌じゃないですか!!」

渡された楽譜を読んで激昂する矢萩。それは軍歌だった。呼ばれたのは陸軍将校の送別会。将校の妾がレビュー好きで最近の贔屓は浅草エフリィだ。本人に歌わせますと和田が答えたところ、たいそうご満悦だったという。

和田「これが成功したらお前もレコードデビューだ」

矢萩「辞退します。僕は死んでも軍歌は歌わない」

楽譜を突き返す矢萩。

矢萩「これは主義です。僕は何があろうと戦争に与しない」

和田「ちょっと歌うだけだろうが。歌ったことも秘密にしといてやるからよ」

矢萩「帰ってください」

激昂する和田。

和田「インチキレビューの芸人が何言ってんだ!一人だけ生き延びて遊び呆けやがって。どの口で今更主義を語るんだ!」

和田の襟を掴む矢萩。夢子が間に入ろうとする。

夢子「もう勘弁してください!行こう、矢萩さん」

和田「そのまま少佐に報告するからな。浅草エフリィは主義により軍歌は歌わない、戦争には与しない!軍部に知れたらどうなるか。

この夢子も同罪だ!国に楯突く主義者の愛人だ」

矢萩「好きにすれば良い。僕は死んでも軍歌は歌わない!歌うもんか!」

和田「だったら舞台で演説でもしてみろ!毎日大衆の前に立ってんだろ!」

矢萩「そんなのいつだってできる!」

和田「どうせ今の暮らしが楽しいんだろ!歯の浮くようなラブソング歌ってチヤホヤされて。世界を変えたいなんて微塵も思っていないんだろ!」

矢萩「この世界は狂ってる。矛盾だらけだ」

和田「狂ってんのはお前の方だ。お前は矛盾だらけだ」

上着を脱ぎ捨てる矢萩。

矢萩「♪起て飢えたる者よ〜」

矢萩が大声でインターナショナルを歌い始める。やめて!と止めようとする夢子。歌を聞いて一座の皆が飛んでくる。和田は小屋の隅で指揮を執るような真似をしている。歌をやめない矢萩。聞きつけた警官が「インターナショナルが聞こえたぞ!!」と乗り込んでくる。佐藤に接待されていた刑事もやって来る。インターナショナルを歌っていたとの報告を聞き、目の色を変える。

エゾケンとデッパが「これはコントの稽古です!」と矢萩を庇う。悪の主義者を刑事が懲らしめるコントを練習していた。悪の主義者の表現のためにインターナショナルを歌った。敬礼してみせるエゾケンとデッパ。カナが矢萩の後ろから衣装の羽を掲げる。エゾケン、矢萩、デッパを順にジロジロと見る刑事。

刑事「ばかものぉ〜!こんな間抜けな刑事がいるか!」

エゾケンとデッパを扇子で小突く。

刑事「面白いか?」

警官「面白くありません」

刑事「ほら見ろ!面白くないそうだ!」

エゾケン「はい!そうです!私どもは全く面白くないのが売りなんです!」

刑事「例え表現であってもインターは歌唱禁止だ!台本から削除しろ!」

エゾケン「はい!」

カッパ姿の乙女が大仏姿の綾子を引っ張って入って来る。

乙女「御用だ御用だ〜!」

刑事「なんだお前らは」

乙女「かっぱのおかっぴきです」

綾子「盗人大仏です」

警察と刑事は呆れて引き上げようとする。

「そうだ」と引き返し、矢萩に顔を近づける刑事。

刑事「刑事は姿の良いものにやらせろ。主義者に同情が集まるとけしからんからな」

うなぎを用意してありますから、と佐藤に促され刑事が場を後にする。 矢萩は小道具の棚の脇に座り、顔を隠すように眉間に手を当てている。

菊谷が和田の隣に座る。 

菊谷「よう、久しぶりだな。調子はどうだ?

そのうちまた飲もう。作曲家を探してるんだ。

そろそろ本格的な歌劇をやりたくてな」

和田「んなもんできるわけないだろ」

菊谷「今は無理でもいつでもやれるように準備しておくんだ」

和田「酒はやめた。それより女紹介してくれ。向島の女郎屋で会ったことがあったろ」

菊谷「おい!みんなの前で……」

和田「ああ、あれは口封じだったな。怪しい店でばったりして。」

菊谷「…奢るよ。また遊ぼう」

 

和田「ふん。あばよ」

立ち上がり、去ろうとする和田を菊谷が引き留める。

菊谷「やりたいのはガーシュインのようなジャズの歌劇だ。あの頃女の子の部屋に蓄音機を持ち込んで夜通し語り明かしただろう。時代はジャズだ。お前のような型破りな男はクラシックに収まらない。お前の力をジャズで見せてくれ」

和田「へっ」

和田が場を後にする。

 

 

矢萩の隣に腰かける菊谷。

菊谷「矢萩、気にするな。あいつは最近方々で問題を起こしてるらしい。君も怪しい仕事にでも誘われたんだろう」 

矢萩「菊谷さん、やっぱり僕はここを離れます」

矢萩の言葉に菊谷以外の全員に動揺が走る。

矢萩「もう潮時です。だってこの僕が軍部に招かれるなんて!それも楽しみにされるなんて…!今も牢獄で拷問に苦しむ同志たちに顔向けできません。

さっきも言われました。僕は激しく矛盾しています!このままじゃダメだ!」

穏やかに矢萩に語り掛ける菊谷。

菊谷「君の人生だからね。好きにするといい。もう一宿一飯の恩義は十分に果たした。でも残念だ、君とまだまだやりたいことがたくさんあった……。その矛盾をここで解消することはできないのかい?」

矢萩「不可能です」

菊谷に縋りつく矢萩。

矢萩「浅草の大衆文化は戦わぬことが戦いだと言うけれど!

このままじゃいずれみんな軍歌を歌うようになる!お国のために死すべきなんて……。

どこかで抵抗しなきゃどんどん地獄に飲み込まれますよ」

菊谷「抵抗してるさ」

矢萩「してません!菊谷さんだって飲み込まれてるじゃないですか!

だって検閲に言われるがままに書き直してるでしょう!

『鉄砲の弾が来ないところでしゃがんでいてね』

愛しい人を戦地に送り出す恋人なら当然の台詞です。

それにそもそもイチャモンをつけられた「最後の伝令」は菊谷さんの名作で!もうずっとこの台詞で上演してきた!それなのに、検閲で言われたからこの台詞を無くすだなんて…。どうして抵抗しないんですか!

沈黙は罪です」
菊谷「沈黙はしていない。こうして劇場のドアを開いている。沈黙はドアを閉めることだ。

そりゃあ頭にくるさ!大事な台詞を奪われて、手足をもがれるような思いだ。でも闇雲に対抗したらドアを閉ざされる。それだけは避けたい。

それに手足をもがれてもはらわたは残されている。

検閲は表面上の言葉と筋書きを攻撃して僕を支配したと思っているが、そんなことでは僕のテーマは揺るがない。

そう、彼らは一番大事なテーマを見落としている。」

矢萩「…それはなんですか?」

菊谷「『自由』だ。僕たちがこうして劇場に生きているということだ!

僕たちは常に権力に睨まれ、社会主義からはくだらないと馬鹿にされる。

この世に全く不要なものだと思われている。でもその不要なものを大勢の人が観に来ている。彼らは何を見に来ているんだ?忠誠心?思想?そんなもの欠片もここにはない!

ここにあるのは、ただ自由な精神。右でも左でも、上も下もない!

僕らの世界にはこうせねばならないとか、こうあるべきとか、べしとかべきとかはない。劇場のドアを開け、陽気に幕を開ける!それだけだ。

僕は大衆という言葉が嫌いだ。どこか見下している感じがある。確かに僕たちの客は裕福と言うより貧しい。でもね矢萩くん、あなどっちゃあいけないよ!

彼らはなけなしのお金をはたいて劇場に来てくれる。本当に不要なら誰がそんなことをするんだ?
かけがえのものがここにあると彼らはわかってくれてる。ここに来れば誰もがつかの間自由になれる」

劇場を見渡す菊谷。

菊谷「それが僕の守りたいものだ。

できることなら僕と一緒に戦って欲しい」

 

 

暗転し、矢萩と夢子だけが残った舞台裏。

矢萩は毛布を被り、舞台の隅で丸くなる。

矢萩の背中に話しかける夢子。

夢子「今やってるレビューは歌やコントを繋ぎ合わせたごった煮でしょう? そうじゃなく、一本の話の通った、アメリカの活動写真のようなジャズの歌劇をやりたいんだって。オペラではなくミュージカルと言うんだって菊谷先生が言ってたわ。『君はその舞台に立てるよう志を高く稽古に励みなさい』って。

いったいどんな舞台になるんだろう?そこに立てたら幸せだろうなぁ…」 

 

夢子の元へやって来るおタキ。どこか焦った様子でいる。

夢子「どうしたの?」

おタキ「エフリィ先生はお旅立ちですか?おやめになるとか……」

夢子「まだいるわよ。伝言なら預かるけど…」

おタキ「ああ、本当に残念です。

エフリィ先生と夢子先生の歌声を聴くのが最近の生き甲斐でした」

夢子「ありがとう、でも私に先生はいらないわ」

おタキ「いやいや!立派な姿で大勢の前で実演されて、あたしみたいなもんがこんなお傍で勿体のうございます…」

夢子の手が自分の肩に触れているのに気付き、夢子を見つめるおタキ。大きな笑顔を見せる。

おタキ「便所掃除一筋です。幼いころに奉公に出されて、飯炊きも針仕事も知らないもんだからずっと便所掃除で」

夢子「そう…。苦労なさったのね」

おタキ「はいっ。でも今はこんなに華やかな場所に居させてもらえて鼻高々です!

とっても素敵です。夢子先生とエフリィ先生のコンビ。

まるでおとぎ話のお姫様と王子様みたいで、こんな綺麗な世界が現実の世界にあるんだなぁ…って。

でも残念です。一度も客席で見たことがないんですよ。

いつか奮発して一等席のかぶりつきで見させてもらおうと思ってたんです。

こんなことならおっかさんの形見を質に入れてでも見ておくんでした、あはは…」

ふところから小さな包みを出してぽんと掌で叩き、笑うおタキ。

おタキの話を聞きながらだんだんと背筋を伸ばしていた矢萩が、毛布を脱いで姿を現す。

おタキ「エフリィ先生!?おいででしたか」

立ち上がり、ピアノの上にある花活けから薔薇を一本取る矢萩。

振りむいておタキを見つめて歌い始める。

ヴィリアよ 君はうるわしい
あかきにれのしらぐも
ヴィリアよ 君はさやけく
輝ける乙女

ヴィリアよ 君に捧げる
胸に燃ゆる憧れ
ヴィリアよ ヴィリア
とこしえに
我が夢の 乙女

 

跪き、おタキに薔薇を差し出す。

矢萩「エフリィは明日も明後日もその先も、舞台で歌い続けます。

明日、あなたに一等席のチケットを届けさせます」

おタキの手はぶるぶると震え、なかなか薔薇を受け取ることができない。

矢萩がおタキの手を取り、口づけを落として薔薇を握らせる。咽び泣きながら去るおタキ。

 

夢子が矢萩に抱きつく。

「大好きよ!」

見つめあい、キスをする二人。 

 

 

蓄音器から「ヴィリアの歌」が静かに流れている。舞台の中央に夢子と矢萩。

夢子「誕生日に渡そうと思ってたの。でも今日を私たちの記念日にしたくなった。開けてみて?」

矢萩「くし?」

夢子「シルバーよ。初めて会った時から気になってたの、あなたの寝癖」

矢萩「あはは!おれ、つむじが二つあるんだ」

夢子「えっ!」

箱に腰かけ、自分の後頭部を指す矢萩。

矢萩「ここと、ここかな?」

夢子「本当だ!ねぇ、貸してみて」

矢萩の髪をとかす夢子。

夢子「ここは夢の国だね…。

あたし楽しくて仕方ないの。朗らかガールなんて言って、無理して笑ってるって陰口を言う人がいる。全然違うわ!姉さんたちからいじめられたって、それすらも愉快で笑っちゃう。あたしはここでウソ笑いもウソ泣きもしたことがないんだ!」

夢子の声が少し小さくなる。

夢子「ずっとこうしていたい……」

 

くしを矢萩に返し、少し距離を取る夢子。遠くを見つめる。

夢子「酷い暮らしだったわ」

矢萩「工場で働いていたころ?」

夢子「ええ、何もない田舎町で、たまたま見たエノケンの活動写真で踊り子たちを見たの。キラキラしてた!浅草では本物の踊り子がレビューをやってるっていうから、思い切って見にきたの。一瞬で心奪われたわ!『もう帰らない、ここで生きる!』ってその時に決めちゃったんだ」

矢萩「無謀だね」

夢子「でも夢子、よく決心したわ!だって今、こうして夢の中にいる」

蓄音器を止める矢萩。

矢萩「ねぇ、出ようよ。ミュージカル!菊谷さんの本邦初のミュージカル。エフリィと夢子で、二人で主役を張ろう」

夢子「あなたはいいけど私は無理よ!後ろでひっそり踊っているわ」

矢萩から逃げるように距離を取ってはこの後ろに隠れる夢子。

矢萩「本当に?」

夢子「……いや!主役がいい!二人でやりたい」

夢子が矢萩に駆け寄る。

矢萩「やろう二人で。和枝は音だってちゃんと取れるようになった」

夢子「先生がいいからよ」

矢萩「足だって上がるようになった」

夢子「よっ!はい♡」

足を上げて見せてにっこり笑う夢子。

矢萩「何より、君には最強の武器がある。『一番好きなことをやる喜び』だ。

人間は自分が好きなことを大事にしなきゃダメだよ。

和枝が可愛いのは、心が輝いているからだと思う」

夢子の手を取る矢萩。

矢萩「一緒に行こう。僕たちはまだ夢の途中だ」

一瞬の間。急にお腹を押さえて笑う矢萩。

矢萩「あはは、お腹空いちゃった。ビフテキ食いに行こう」

夢子「食う!ビフテキ!」

矢萩が夢子の手を引き、二人で小屋から走り去る。

 

 

 

大雨の夜。

バレンチノの位牌の前に雑にキャベツを置くエゾケン。デッパが怒り、自分は一玉丸ごと置く。驚くエゾケン。

後ろで原稿を書いている菊谷のほうに振り返るデッパ。

デッパ「月命日なんです。もう三月」

菊谷「そうか。早いな」

文芸部の電球が切れたため、菊谷は舞台裏でせっせと台本の描き直しをしていた。

菊谷「そういえば例の毛虫の話なんだが……。すまない!あれは実話じゃなかったんだ」

アメリカでの実話と聞いていた踊る毛虫の話は、向こうの作家の創作だった。しかしバレンチノは本物の踊る毛虫だった。創作を凌駕した奇跡だ。

実話では無かったが、その終わり方が良い。踊る毛虫に10万ドルの値がついて、トラブルに巻き込まれて疲弊する主人公たち。しかし毛虫が行方不明になると、残されたお互いの絆に気付いた。そして心を癒すためのピアノを主人公が奏でると、どこからか蝶々がやってきてピアノに合わせて踊る。(蝶々を実演するエゾケン)

菊谷「わかるかい?デッパ」

デッパ「その蝶って!」

菊谷「そう!踊る毛虫は踊る蝶々になったんだ!」

菊谷はこの話を次の舞台に貰おうと思っている。

バレンチノは死んでいなかった!と喜ぶデッパ。いそいそと位牌を片づけ、キャベツをエゾケンにあげる。

毛虫のダンスを考えようぜ!とエゾケン。こうかな?こうだった!と踊ってみせるデッパ。

 

菊谷「あ〜〜〜!!!好き放題やりてぇなぁ!!」

もうやめだ!と原稿を丸めて放り投げる菊谷。検閲なんかもう知らない、あとは野となれ山となれだ!

菊谷が「諸君、飲みに行こう!アイディアを出し合おうじゃないか!」

机から飛び降り、そのまま死んだふりのように床に横たわる菊谷。ずりずりと床を移動する。

菊谷「毛虫だぁ〜!」

笑い合うエゾケンとデッパと菊谷。連れ立って小屋を後にする。

 

 

大きな雷の音が鳴り響く。

外から小屋に入ってくる和田。稲光に照らされる。

和田「浅草!浅草!いねぇのか?!」

矢萩「なんです?あぁ……」

入ってきたのが和田とわかりそっけない矢萩(青地にストライプのスーツ)。和田が詰め寄る。

和田「お前、今すぐ夢子を連れて逃げろ!お あいつの下宿も知ってんだろ!」

矢萩「はあ?」

和田「夢子を探してる奴らがいる。広島のヤクザもんで、筋金入りの極道だ。あいつはそこの二代目の女だったんだ」

矢萩「……」

和田「ああもう!妾だよ!二代目が殺人でムショに入ってる間に逃げてきたんだ。あいつは訳ありだ」

矢萩「どこでそれを… 」

和田「酒場で飲んでたら急に絡まれたんだよ。この女知ってるだろ!って(写真を見せられて)。ここにいることももうバレてる!良いから早く夢子連れて、東京から離れろ!」

動揺しながらも夢子を探しに行こうとする矢萩。そこへおしゃれに着飾った夢子がやって来る。

夢子「さよならを言いに来たの。訳あってここを離れることになった」

矢萩「和ちゃん!逃げよう!」

夢子「行かなくちゃならないの」

扉を蹴破り、ヤクザの大男が三人入ってくる。

矢萩「なんだお前たちは!」

夢子「それ以上動くんじゃないよ!この場所は死んでも穢させない!それ以上動いたらここで舌噛みきって死ぬからね!」

 

矢萩「和ちゃん、どうにかならないの?だってこんなの人身売買だ!」

ヤクザ「誰だおどれは」

矢萩「和枝の恋人だ」

ヤクザ「恋人やと?!二代目の留守に恋人とは何しとるんやこのどぐされ女が!親に捨てられたみなしごが、誰のおかげで銀シャリ食うて生きてこれたんや!」

脇差を抜いて夢子に刃を向ける。

夢子「そうよ、恋人よ。親父さんにはあたしからきっちり話す!だから黙ってな!」

リーダー格のヤクザが夢子に近付く。ヤクザ相手に凄む夢子。しばらく睨み合う。

リーダー格のヤクザ「おさめろ」

刃を抜いていたヤクザが脇差を仕舞う。扉の脇で夢子を待つ。

 


夢子「奏さん、フィナーレが来ちゃった。夢の終わりだ。

こんなことみんなには言わないで。下手くそだけど憎めないやつだったって、あの子がここにいて楽しかったってたまに思い出して」
矢萩「本当にさよならなの?」
夢子「うん」
矢萩「こんなに突然?」
夢子「うん」
矢萩「まだ夢の途中じゃないか!未来のミュージカルは?!」
夢子「悔しいけど、そこまで届かなかった。でもね、幸せだったわ。素敵な思い出をありがとう。

せめてレビューみたいに終わりたいわ!粋でおしゃれに」

矢萩へ手を差し出して歌う夢子。

林檎の木の下で
明日また逢いましょう


夢子「おい和田純!伴奏してよ!」

和田がピアノで伴奏を弾き始める。

夢子「ラストシーンぐらい心込めろ!」

夢子に一喝され、弾き直す和田。一回目よりも音数が多く豪華な伴奏になる。

夢子「やればできるじゃない」

夢子が舞台の真ん中へ立つ。

夢子「これでサヨナラだけど、ここでいなくなるのは夢子の抜け殻よ。心はここに置いていくわ。だってここが大好きだから。みんなみんな大好き!」

矢萩を振り返る。

夢子「そして、貴方を愛してる」

 

林檎の木の下で
明日また逢いましょう
黄昏 赤い夕陽
西に沈む頃に
たのしく頬寄せて
恋を囁きましょう

 

BGMがラプソディー・イン・ブルーへ変わる。

夢子が矢萩に手を差し出す。その手を取ろうとするが躊躇う矢萩。夢子の方から矢萩の両手を取り、くるくると二人で回る。

抱き合う。夢子の方から矢萩を引き離す。扉から出ていく夢子。扉を出たところで一瞬立ち止まるが、振り返らずに立ち去る。ヤクザが後に続く。

崩れ落ちる矢萩。

「和枝!!!!」

 

 

舞台裏で踊り子の三人とデッパ、エゾケンが不安げに座っている。遅れてやってきた乙女へ、カナが夢子の書き置きを見せる。夢子はヤクザに追われていた、と綾子。夢子は昨夜ヤクザに連れて行かれた。

デッパ「殺されちゃうのか?」

綾子「やめてよ!縁起でもない!!」

 

楽器を持った楽士が二人、小屋入りする。

楽士「今日の公演中止なんですか?役者が飛んだとか、誰なんですか?」

デッパ「夢ちゃんだよ……」

楽士「ええ?!男とですか?!」

カナ「違う!違うから!」

佐藤と平吉がやって来る。菊谷とはまだ連絡が取れておらず、このままでは変更が間に合わない。出番が多くなっていた夢子の不在をなんとかするのは難しく、検閲を通していない脚本をやるわけにもいかない。

佐藤「あと一時間半か」

兵吉「準備を入れたら45分です」

佐藤「うむ…マチネの中止はやむを得ないな」

兵吉「表に張り紙をさせます」

矢萩「だめです!幕を上げましょう!」

黒い燕尾服にシルクハットを被った矢萩が階段から顔を出す。

矢萩「やりましょうなんとしても。夢ちゃんの穴は全員で埋めて!できるでしょう。浅草は事故に強いんだ」

階段を降りてきた矢萩が皆を見回す。

矢萩「昨日夢ちゃんに会いました。事情も聴きました。彼女は消えたくて消えたわけじゃない。この舞台に立ち続けることを望んでいました。いつまでも、みんなと一緒にレビューをやることを望んでいました。

知ってますよね?彼女がどれほどレビューを愛していたかを。こんな形で舞台を降りてしまうことがどんなに無念だったか。
できることなら続けさせてやりたかった。

いつまでも……いつまでも……。

幕を上げましょう!なんでもやります!今の僕たちにはそれしかできないんだ!」

エゾケン「そうだそうだ!」

全員の士気が盛り上がりを見せる。遅れた菊谷がやって来る。

菊谷「いや〜遅くなってすまない!」

矢萩「菊谷さん!夢子抜きでできる構成を考えてください!僕なんだってやります!」

綾子「あたしも楽譜がなくても歌います!」

楽士「ぼくらも!即興でも弾きます!」

菊谷「佐藤さん、やりましょう」

佐藤「ああ、やろう!」

菊谷「兵吉、各パートの責任者を呼んでくれ。5分後に稽古場に集合だ」

兵吉「戦闘開始だ!」

威勢よく声を上げ、それぞれが準備のために散る。

矢萩と菊谷だけが残る。

 

菊谷「サンキュー。よくまとめてくれた。でもお前は大丈夫か?惚れ合ってたんだろう」

矢萩「誰からそれを……?!」

菊谷「見てりゃわかるよ。演出家だ。コンビの芝居がある日を境にガラリと変わったよ」

矢萩「バレてましたか。すみません。」

菊谷へ頭を下げる矢萩。苦笑いを浮かべる。

矢萩「大丈夫じゃありません。今もギリギリで立っています」
矢萩「和枝は文字通り命がけで浅草に来て夢を描いた。そして彼女は昨日、ここに心を置いていきました」

菊谷「心を?」

矢萩「はい。僕はそれを抱きしめて舞台に立ち続けなければなりません。和枝が命をかけて憧れたこの舞台に」

 

階段の方から誰かの泣き声。

声をあげて泣いているヨシミをデッパとエゾケンが連れて来る。

菊谷「ヨッちゃん!どうした~~」

ヨシミ「こないだ夢ちゃんがつけてたのを羨ましがってたんです。そしたら今朝、あたしの鏡の前に……」

夢子のものだったピンク色のリボンを手に、床に座り込んで泣き続けるヨシミ。矢萩が隣にしゃがんで肩を叩く。

矢萩「メソメソすんなよ!陽気に行こうぜ!」

ヨシミの手からリボンを取り、髪につけてあげる矢萩。一瞬の沈黙の後、ヨシミはまた泣き出してしまう。

ネタをやるぞ!とエゾケンとデッパが立ち上がる。

音楽に合わせて膝をリズミカルに叩く二人。順番に四つん這いになり尻を高く上げる。

デッパ「茄子」

エゾケン「キュウリ」

エゾケン「お盆」

さらに大きな声で泣き出すヨシミ。

菊谷「時期じゃないもんなぁ」*1

エゾケン「ここ一発に弱いんだ」

 

矢萩が立ち上がり、小道具の棚から笛を持ち出す。菊谷と目を合わせた後、箱の上に乗り祭囃子を吹き始める。

菊谷「そうだ!祭りだ!祭りのようにやろう!」

神楽鈴を鳴らす菊谷。駆けつけた楽士が太鼓を叩く。何事かと皆がやってくる。

矢萩「らっせーらー!らっせーらー!らっせーらー!らっせーらー!ほら!みんなも跳ねて!!」

ねぶた祭りのように飛び跳ねる矢萩。皆が一人また一人と真似をし、「らっせーらー!」の声が大合唱となる。賑やかに跳ねながら、列を成して場を後にする。

一人残った矢萩。舞台の中央でピンスポを浴び、胸ポケットから取り出したシルバーのくしを握りしめる。

矢萩「ずっと一緒だ。幕を上げるぞ」

くしで髪を整え、走り去っていく。

 

 

佐藤「菊谷の帰りは明日の夜だぞ」

兵吉「そうは言ったんですけど、奏に用があると…」

佐藤「奏に!?尚更会わせられんよ」

佐藤と兵吉。菊谷が出張で出払っている今日、急な来客があり動揺している。相手は工藤卓三。矢萩奏に会いたいと言って来ている。会わせるわけにいかないと、佐藤は兵吉に矢萩を連れて今夜は出掛けて戻らないように指示をする。

兵吉が矢萩の部屋へ向かう。

兵吉を待つ間、掃除しているおタキに話しかける佐藤。

佐藤「おタキさん、良い時に見たねぇ」

矢萩がプレゼントした一等席のことを指している。途端に顔が綻ぶおタキ。

おタキ「その節はお弁当まで用意していただいて…」

夢子はいなくなってしまったが、未だに活動写真で夢子に出て欲しいとのオファーが届く。夢子を惜しみ、無事でいるだろうかと思いを馳せる二人。

佐藤「エフリィはよくやってるよ。長らく座長不在な中、すっかりうちの看板だ。

浅草と夢子のゴールデンコンビは、今じゃいくらお金を出しても見られないからね」

笑顔になり胸を張るおタキ。

おタキ「一生の宝です!」

 

ばたばたと階段を駆け降りてくる音。

矢萩「工藤さんですよね?僕会います。会いたいと思ってました」

ノーネクタイの白いシャツ、薄いグレーのズボン、青地にストライプのジャケットを羽織った矢萩が階段を降りて来る。

矢萩「応接室を借りてもいいですか」

佐藤「だめだよ。人目についたら困る」

矢萩「ならばここにお通しください。それでしばらく人払いをお願いします」

佐藤「本当に大丈夫か?」

矢萩「大丈夫です」

佐藤が渋りながらも了承する。「頼むよ、兵ちゃん」と依頼され、兵吉が工藤を案内するためにこの場を離れる。

 

佐藤「逃げて来た夜に行動を共にしていた人だよな」

矢萩「はい。釈放になったと聞きました」

佐藤「危険を感じたら逃げてくれ。お前にまで今頃何かあったら、劇団は本当に困るんだ」

矢萩「わかってます」

佐藤「それと、二度と赤には戻らんでくれ」

矢萩「……」

佐藤「もちろん個人の思想は自由だが、劇場では影響が大きすぎる。これ以上検閲が厳しくなったらできんよ。この通りだ、頼む!」

矢萩へ頭を下げる佐藤。

兵吉に案内され、杖をついて足を引きずった工藤が通される。矢萩と工藤を二人きりにさせる。

 

杖をつきながら矢萩へ近付く工藤。大きくバランスを崩し、倒れそうになる。慌てて近くにあった箱を椅子がわりに差し出し、工藤に座らせる矢萩。

矢萩「お久しぶりです。何度か面会を希望したんですが、許可が降りませんでした。今はどちらに…」

工藤「お前の革命の炎は消えたか?」

矢萩を遮る工藤。

矢萩「社会主義活動への炎は消えました。

僕は今、全ての情熱をレビューに捧げるレビュー人です。

でも歪んだ社会に憤る気持ちは変わりません。弱い人に寄り添う心も変わらない。ここにいることでむしろ強くなっています。この世界を変えないといけない」

工藤「革命以外に方法なんてあるか?」

矢萩「レビューで変えます。

歌と踊りと芝居と笑いと、僕たちの舞台で変えてゆきます」

工藤「ふざけるな!!」

立ち上がり、ふところから出した紙を矢萩に突き付ける工藤。

工藤「ここに記した名前は!全て権力の弾圧によって命を落としていった同志たちの名だ!お前はこれに顔向けができるのか!?恥を知れ!!」

箱の上でナイフを紙に突き立てる工藤。

工藤「お前を殺す覚悟で来た。活動に戻れ!!今ここで権力の暴走を止めなければ世界大戦に突き進む!馬鹿げた見せ物にうつつを抜かしている場合じゃない!!」
矢萩「工藤さん!どうか劇場を馬鹿にしないでください!」

矢萩「僕はここは奇跡が起きる場所だと信じています。

それは目には見えない、人の心に起きる奇跡です。

ここで世界を変える奇跡を起こす」

突き刺さっていたナイフを抜き、自分の掌を切る矢萩。紙に血を滴らせる。
矢萩「無念のうちに亡くなった同志たちに胸を張って申し上げる!僕はここで世界を変える!これが僕の戦いだ!」

工藤「やめろ!!」

矢萩を突き飛ばして紙を取り返す工藤。引き返し、小屋から出て行こうと足を引きずる。

矢萩『たとえば、この浅草の雑踏には恐ろしい犯罪者も紛れているかもしれない。家出人や失業者も途方にくれて、行く宛もなく寂しく歩いているかもしれない』

矢萩「待ってください!これは菊谷さんが故郷の新聞へ心を込めて書き上げたメッセージです。どうか最後まで」

工藤が足を止める。

矢萩『そんな彼らもいつかレビュー小屋のドアを開けるかもしれない。ここには彼らを助けるようなものは何もない。でも身を隠すための暗闇と、ほんのひととき自分を忘れられる時間がある。

彼らはやるせなさに涙ぐむだけで笑わないかもしれない。思い出にひたりじっと目を閉じているだけかもしれない。でも犯罪を犯したものは、それ以上の罪をここで犯そうと思うだろうか。家をなくしたもの、仕事を奪われたものは、それ以上に人を憎もうと思うだろうか。』

矢萩「工藤さんお願いします!どうか最後まで」

矢萩『きっとみんな、故郷に帰るような想いで椅子に身を沈めているんじゃないだろうか。帰りたくても帰れない故郷に思いを馳せながら、陽気な音楽に身を任せているのではないか。

芸人や踊り子たちは、いつものように踊り笑っているだけだ。だけどそれを奇跡と呼んで良いんじゃないだろうか』

再び歩み始める工藤。

矢萩「工藤さんやその同志が、いつか僕たちのレビューを笑顔で見てくれる日が来ることを夢見ています。いつまでも」

深く頭を下げる矢萩。小屋を出て行く工藤。

 

 

昭和十二年九月。

白黒の軍隊の映像が投影されている。

ピアノで「革命のエチュード 」を弾く菊谷。

曲の終わりに大きく鍵盤を叩き、悲痛な叫びを上げる。

ラプソディーインブルーをBGMに蝶々の映像が投影される。舞台のカーテンの向こうから夢子が現れて踊る。ピアノの後ろに消える。

矢萩「どうしたんですか?こんな夜中に。新しいアイディアでも湧いてきましたか?」

菊谷「起こしてしまったか。無性にピアノを弾きたくなってね」

矢萩「そうですか…。あ、やりますか?(飲む仕草) ウイスキーありますよ」

菊谷「もらおうかな」

矢萩「持ってきます」

ウイスキーを取りに行き、すぐに戻ってくる矢萩。

ショットグラスにウイスキーを注ぐ。

菊谷「明日、青森に帰る」

矢萩「え?ご実家で何かあったんですか?」

菊谷「入隊だ」

矢萩「え?!」

ボトルを勢いよく置く。

菊谷「今朝電報が届いた。陸軍第五連隊伍長としての招集だ。実家も何かの間違いじゃないかって役所に問い合わせたんだが、油川の菊谷栄三で間違いないそうだ。若い頃に断りきれずに志願兵の実績があるんだが、まさかこの歳になって入隊とは……」

矢萩「どうするんですか」

菊谷「どうもこうも、行くしかねえべや!油川の菊谷は目立ちすぎだって、見せしめだって怒っとる人もいるんじゃ」

矢萩「戦地に!行くんですか?!」

菊谷「……北支戦線。大陸送りだ」

矢萩「そんな……」

菊谷「まったく俺たちは、主義者には真面目にやれと怒られ、警察には睨まれ、しまいには軍には絞られて。

自由の道は、険しいぞぉ」

真っ直ぐ矢萩を向く菊谷。

菊谷「明日帰ったらそのままもうここには戻って来れないかもしれない。後のことはお前に頼んでいいか? と言っても、僕の願いはただ一つだ」
矢萩「何があろうと劇場のドアを開け続けます。

だから、どうかご無事にお戻りください!」
菊谷「…当然だ!まだまだやりたいことがたくさんあるんだからな」

矢萩「そうですよ」

矢萩がグラスを渡し、ウイスキーで乾杯をする。一気に飲み干して天を仰ぐ矢萩。拳で自分の太ももを叩く。

菊谷「とうとうケンちゃんとも行き違いか。会ったら伝えておいてくれ、活動写真で顔を売るのもいいが、菊谷はエノケンミュージカルを作りたがってたって」

矢萩「必ず伝えます」

グラスを置く矢萩。菊谷から距離を取り、深く頭を下げる。

矢萩「菊谷さん、ありがとうございました」

矢萩「僕に音楽を思い出させてくれたことです。僕の中に凍りついていた音楽を」
菊谷「…ああ。素晴らしい宝がそこにあったな」

矢萩「もしあのまま音楽が消えていたら、僕の心は石のように干からびていたでしょう。石のように冷えて固まっていた心は、仲間とバカ騒ぎして大笑いすることも、恋しい人を切なく思うことも無く、ただ冷たく重く胸の中に沈み続けたことでしょう。

僕は……僕は、菊谷さんに出会えて、幸いでした」

菊谷「お母さんに感謝しないとな。よくぞ奏に音楽を授けてくださった!」

矢萩と菊谷が笑い合う。菊谷は端で箱に腰掛ける。

菊谷「こうしてること、お母さんはご存知なのか?」

矢萩「いえ、今も早稲田で建築を学んでいると思っています。そういう手紙を送り続けてますから」

菊谷「嘘をついてるのか?」

矢萩「ええ」

大きく笑い始める菊谷。戸惑う矢萩。菊谷が笑いながら自分を指さす。

菊谷「俺もそうだった!」

矢萩「ああ…。あはは」

苦笑いで返す矢萩。菊谷の笑いが治まる。

菊谷「もし青森でお会いできたら、真実を伝えても良いか?」

矢萩「母にですか?まぁ……先生から伝えてくださるなら。お願いします」

笑顔で頭を下げる矢萩。

菊谷「よーし、どうせならエフリィのブロマイドを持って行こう!どんな顔なさるかねぇ〜!愉快だ!こりゃ楽しみが出来たぞ」

矢萩「ええ!?」

照れて笑う矢萩。

菊谷「うんと気取ったやつを持ってきてくれ。特にええふりこいてるやつな」

矢萩「わかりました!」

ブロマイドを取りに戻る矢萩。階段で止まり、振り返る。菊谷は顔を背けている。

階段を上り、矢萩の姿が見えなくなる。ふらふらとピアノを開けて「りんごの木の下に」を弾く菊谷。夢子がピアノに寄り添い、菊谷を覗き込む。見つめ合う二人。

暗転。

 

 

菊谷出立の朝。

菊谷の「栄誉の出征の吉報」を聞き、見送りにやってきた松井天声。佐藤、兵吉、おタキは松井の変貌ぶりに戸惑っている。

松井は満州に行くと言っていたが、とある演説*2を聞いて感銘を受け、今は志願兵となっていた。

佐藤が松井と話していると、茶封筒を持ちトランクを下げた菊谷が足早に入ってくる。

兵吉に茶封筒を渡す。

菊谷「来月の台本だ!途中までだが、残りは汽車で書きあげる。向こうでも時間を見つけてギリギリまで粘るつもりだ。検閲もあるが、その時は兵吉が直してくれ。

僕の仕事を継ぐのは平吉、君だ」

兵吉「はい!お教えを胸に刻みつけ、死力を尽くします!」

胸ポケットに挿していたペンを兵吉に差し出す菊谷。

菊谷「パーカーのペンだ。貰ってくれ」

兵吉「一生大事に致します!」

松井が来てくれたと、佐藤が菊谷に挨拶を促す。松井の変貌ぶりにやはり戸惑う菊谷。

エノケンへ書いてきた手紙を佐藤へ託す。佐藤から電報は送ったが、連絡は取れなかった。

菊谷「遺言をひとつ良いですか。

もしもの時、僕の弔いは要りません。くれぐれも劇場を暗くさせないで。ジャズを奏でてください」

佐藤「お前の命は劇団の命、いや日本のレビューの命だ。この才能を失うことは我が国の甚大な損失だ。国の馬鹿どもはその重大さがわかっとらんのだ!死ぬな菊谷!」

平吉「そうですよ先生、しゃがんでいてください!

『鉄砲玉の来ないところで、しゃがんでいて』ください!」

「最後の伝令」を引用した兵吉。その言葉を聞いて松井が苛烈に怒り始める。

松井「貴様!黙って聞いていればこの非国民が!帝国軍人に敵前でしゃがんでいろとは何事だ!この俺が懲罰してくれる!」

顔を真っ赤にして怒鳴る松井。佐藤がそれに応酬しようとするのを菊谷が間に入って止めようとする。

自分の栄誉ある出征に免じてこの場は収めて欲しいと菊谷が松井を宥める。互いに敬礼し、なんとか場が収まる。

菊谷の栄誉ある出征を讃えて万歳三唱する松井。

松井「お国のために撃ちてし止まん!菊谷栄三!ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」

おタキが泣き出す。松井は小屋を後にする。

菊谷が笑顔で三人を向く。

菊谷「大丈夫、僕は何ひとつ変わりませんよ!

たとえ戦場であっても、レビュー人として全てのものを見て、全ての音を聴きます。

懐かしき劇場に想いを馳せながら、敵弾に倒れる最期の一瞬まで」

 

和田「おい菊谷!百円寄越せ」

菊谷「なんだよいきなり!」

小屋に入ってきた和田が一直線にピアノに向かい、椅子に座る。

和田「前借りだ。お前が帰るまでに仕上げておけば良いんだろ、お前のジャズ」

ピアノを弾き始める和田。スポットライトに照らされ、カーテンに人影。チャップリンの格好をしたエゾケンが踊りながら登場する。

俺は村中で一番
モボだといわれた男
うぬぼれのぼせて得意顔
東京は銀座へと来た

曲が変わり、アラビヤの唄。毛虫の格好をしたデッパが登場する。エゾケンと一緒に踊るが、急に動きがカクカクと止まり、様子がおかしい。

エゾケン「おい、バレンチノ!どうした?!バレンチノ〜!!!!」

デッパを後ろから抱きしめて叫ぶエゾケン。二人が捌け、菊谷がキョロキョロしながらステージの真ん中へ。

曲がラプソディー・イン・ブルーへ変わる。

後ろの大きな扉が開く。大量の蝶々が飛び出してくる。*3

四人のダンサーたちが出てくる。最後に、白いタキシードに白いシルクハットの矢萩。

 

矢萩「みんな!準備はいいか!劇場のドアを開けよう!いつものように幕を上げるぞ!」

 

夕暮れに 仰ぎみる 輝く青空

日が暮れて たどるは 我が家の細道

狭いながらも楽しい我が家

愛の火影の さすところ

恋しい家こそ 私の青空

 

菊谷「君たちは素晴らしい!」

大きく拍手する菊谷。

踊り子の四人が菊谷に駆け寄る。それぞれが順番に菊谷との別れを惜しむ。デッパは「菊さん!」と菊谷に抱きつく。*4おタキは菊谷の首にお守りをかける。和田はわざと無視して通り過ぎて「おい!」と言われる。兵吉は握手をする。佐藤はいつもポケットに入れていた懐中時計を渡す。

最後に矢萩。固い握手を交わし、しばし抱き合う。

トランクを持って出発する菊谷。

全員で見送り。小屋の扉が閉まる。

直後、音楽。振り返る矢萩。ゆっくりとステージの中央に躍り出る。

狭いながらも 楽しい我が家

セットが開き、背景が一面の青空に。

全員で合唱、歌って踊る。

夢子、菊谷が加わる。松井*5、工藤も。

愛の火影の さすところ

恋しい家こそ 私の青空

矢萩を真ん中に、円になって廻る。

私の青空

私の青空

 

カーテンコール。

三度目で満員の客席が総立ちとなって一座を讃える。

四度目は劇団のスタァ・浅草エフリィが一人で客に応える。

去り際にキッスをひとつ投げ、青空に向かって走り去っていく。

 

 

fin.

 

*1:日替わり。他に「肘」「膝」「ひじゃ」

菊谷「今の何が面白かったかというと〜」など

*2:愛国せんしんかい?わけのきよまさ?

*3:プロジェクションマッピングと紙吹雪

*4:順番的にこの後にエゾケン。何もしなかった?

*5:弁士の姿