5月14日のこと

もうツイッターでこの話はやめると言ったんですが、「その場にいなかったから言えない」という方がいるなら、「その場にいた」から言えることもあるのではないかと思い、あの場に居合わせた加藤シゲアキさんのファンとして、自分が見たもの、感じたことだけをここに書き残します。全ては私個人が感じたことですのでご容赦ください。

 

 

******

 

5月14日、私は友人らを引き連れて名古屋ガイシホールにいた。

前日の夜から名古屋入りしていた私は、この度7年ぶりにNEWSのコンサートへ行くという友人の家に泊まっていた。彼女に「今のNEWS」を見せたいという悲願がこの度めでたく叶い、その前夜祭のようなノリでQUARTETTOを見せ、山Pのソロコンを見せてもらい、明け方近くまであれこれ語った。お陰様で気分が昂揚した私は翌朝めざめて一番に「早くNEWSに会いたい」と思うほどエモーショナルに仕上がっていて、いつもより少し冷静ではなかった。

 

13時から始まった昼公演。エモーショナルな私は1曲目どころかオープニング映像の時点で泣き出し、そこから4曲ほどタオルを手放せなかった。NEVERLANDはあまりにも好きなコンサートで、このコンサートを作り上げたNEWSが大好きで、それと同時にいつかNEWSを失うのが堪らなく怖くて泣いていた。そうやって自分のことでいっぱいいっぱいだった私が何も気付かないままコンサートはMCに突入した。そしてそこで初めて、増田さんからその話を振られて、加藤シゲアキさんの声が掠れていることに気が付いた。歌っていた時よりもすこし掠れた声で、それでも加藤さんはいつものようにMCに積極的に参加していた。メンバーはすでに歌い終わったソロ曲の「あやめ」を「よく歌えたね、良かったよ」と褒め、「歌えなかったら代わりに歌いに出て行こうかと思った」と笑った。リハーサルでは全く声が出ず、メンバーが代わりに加藤さんの歌割を歌い、それを見て「泣きそうになった」と言っていた。朝起きたら突然声が出なくなっていたこと、それでパニックになったこと、昨日は全スタッフと一緒に中打ち上げだったこと、中打ち上げでもお酒は飲んでいなかったから原因はそこにないことを聞いた。そしてその時点では、「リハーサルの時は歌えなかったけど、本番は間に合ったのだろう」と思っていた。現に私はMCに入るまで気付かなかったわけで、加藤さんはしっかりと歌っていた。ただ、後半には絶対に喉に大きな負荷をかける曲があること、これが昼公演であり夜公演も控えていることが心配だった。でもなんの根拠もなく、大丈夫だと思っていた。そういうものだと思っていた。

 

MCが終わって後半、曲が一つずつ終わる毎に私の心配は払拭されていった。終盤、私が「喉に負荷がかかる」と言った曲。ひょっとしたら加藤さんに代わりメンバーの誰かが歌うかもしれないと思ったが、ピンスポットを浴びていたのは加藤さんだった。胸元を押さえながらも、魂で叫んでいた。「乗り切った!」と思った。「良かった」と思った。そうしてコンサートは最後まで滞りなく流れ、一旦幕を降ろした後、もう一度4人が登場して本当に最後の曲になった。4人が4人とも激しく感情をぶつけるこの曲で、加藤さんはいつも顔を真っ赤にして歌う。ここでもまた、胸元を手で押さえながらソロパートはエモーショナルに歌っていた。本当に「乗り切った」と思っていた。

けれどその直後、曲中の挨拶。「NEVERLANDには入り口はあるけど出口は無いから」まで言って、加藤さんは崩れた。一瞬言葉に詰まり、早口で続きを言いながらも誰の目にも明らかに泣いていた。続いた小山さんの「シゲ」という声も、顔を見るまでもなく泣き笑いだった。この後のメンバーの言葉をあまり覚えていない。覚えているのは名古屋を大阪と言い間違えた増田さんと、「シゲの分も歌って」と私たちに頼んだ手越さんと、腕で顔を覆って泣いていた加藤さんの姿だけだ。タオルをびしょびしょに濡らす私を見ていられなかったのか、後ろから「7年ぶり」にNEWSに会いに来てくれた友人が慰めてくれた。曲が終わると銀テープが宙に放たれ、加藤さんはそれに向かって大きな投げキスをした後、そのまま天井を見上げていた。間も無く暗転すると4人はいなくなった。

 

 

 

この日について色んな方の色んな言葉を見た。

私が一つ言えるのは、大好きな人の「悔しい」涙を見るというのは、本当に信じられないほどに苦しいということだ。そして私が苦しくて悲しくてたまらなかった理由の一つに、加藤さんがジャニーズwebに書いていたライナーノーツがある。加藤さんの涙を見て、私は真っ先にあのライナーノーツのことを思い出した。私は公演中、「出来たこと」だけに目を向けて「乗り切った」と思っていたけれど、加藤さんは「出来なかったこと」を数える人だった。元よりそういう人だったと、思い知った。悔しくて悔しくて涙が出るほど、悔しかったのだと。

 

また、私は私個人として、この出来事をなんとなく美しい話にしたくない。

加藤さんの涙を見て、私は「泣かせてしまった」と思った。泣かせてしまった事実がたまらなく悔しかった。

私は、加藤さんのことを不当に低く見て、笑う人のことが嫌いだ。シゲならちょっといじって笑って良い、そんな気持ちの人の声が容易く本人に届いてしまうのが嫌だった。ライナーノーツでBLACK FIREの項を読んだ時、「こんなこと言わせたくなかった」とすごく悲しかった。どんなに心無い言葉を心ある言葉でかき消したくても、結局「目に余る」ほどそれらが届いてしまう。それでも、プライドを持って毅然と放ってくれた言葉は嬉しかった。歌への自信、自分への自信が何よりも嬉しかった。笑っていた人たちを黙らせたかった。

 

でも、名古屋で私は、加藤さんの悔しい涙を見てしまった。悔しい涙を流す彼を、あの人たちはきっと笑う。悔しくて悲しくて辛くて、シゲアキのクラウドを読んで、涙が止まらなかった。今も涙が止まらない。逃げずに立ち向かって歌い切った加藤さんは賞賛はされど笑われる謂れは無いはずなのに、どうして。悔しくて悔しくて悔しくて悔しい。言い訳ひとつせず、ライナーノーツに書いた通り「中傷してもらってかまわない」と言い、歌い切った姿を評価する声を「それでも僕は負けた」と聞く耳を持ってくれない。これがメンバーだったら絶対に100%許す人なのに、自分だと絶対に絶対に許すことができない。でも、そういう人だからこんなに大好きになった。謝ることじゃないから謝って欲しくなかったけれど、きっと真摯に謝るのだろうとわかっていた。誠実で真面目で頑固な人だ。加藤さんのこと、全然わからないけどそれぐらいはわかる。もう四年近く、見つめてきた。

 

私がこんな風に辛くなることは、きっと加藤さんの本意ではない。念のため釘を刺しておくが、もちろんコンサートは「全く」台無しではなかった。万全ではないかもしれないけど加藤さん含む全員がその時のベストパフォーマンスだった。コンサートの前よりもコンサートの後の方がずっと加藤さんが好きだった。NEVERLANDはいつだって世界一ハッピーで優しい空間だ。名古屋公演も本当に最高だった。それだけは、どうか安心してほしい。

 

 

早くまた、加藤さんが「歌が楽しい」と思える日が来ますように。喉が変な病気ではなく、すぐに完治しますように。心無い声よりも、心ある言葉が届きますように。二度とあんな悔しい涙を見る機会がありませんように。そんなことばかり願っている。そんなことばかり祈っている。加藤シゲアキさんが、大好きだから。本当に本当に、大好きだから。